きょうの「そうご」





「上向け、ほら」
「ほい」




するり、
がさがさ。




「・・・・。 なんでこんな単純作業が出来ねーんだ?」
「別に出来ねーワケじゃなくて、苦手なだけです」




がさごそ、
きゅっ、




「どっちだって同じだろーが。 オイ動くな、曲がっちまう」
「・・・・・・」




最後の仕上げに、きゅっ。




副長部屋にて畳の上、腰を下ろし向かい合い、上向いた沖田の制服、首元のスカーフを結んでやる作業。




「出来た。 今日も気張って仕事して来いや総悟」
「〜〜〜〜〜〜、なんかちっと苦しいよーな気が・・・・。 ちょいとキツイです。 こんなんダメダメだィ、もっかいやり直せコラ土方ァ」
「それがヒトに物を頼む態度かてめーは・・・・!」
せっかく結んでやったのにクレームが付けられ、やり直す破目になり、土方はもう一度結び目に手をかける。
言われて確かめれば、ああ、確かに普段よりきつめだったか。
する、と再びほどいて、最初から。








―――――― 土方の朝、(もしくは夜) は、沖田相手にいつもここから、こんな会話とこのような作業から、始まる。




















あれはいつのことだったか、もう随分と前のことになるとある日の朝、
お馴染みの真選組制服、首元の白いスカーフについて沖田が土方に泣き付いてきた(というにはかなり語弊があるが) のが発端だった。
朝一番に顔を合わせた途端、ほどいたスカーフを手にして今にも遠くにぶん投げそうな勢いで、
「前々から思ってたんですがややこしくて面倒で上手く結べねェですコレ。 ってコトで今日は俺、休みまさァ」
そんなふうに宣言され、「んなコトでかァァァ!!」 とこちらも半ばキレそうな勢いで対応しつつ、
結局のところ上手く結べないでいたことは事実らしかったため(まあ幾許かはサボる口実にしたかったようだけれど)、
舌打ち混じりに土方が結んでやったのが始まりだ。
それ以来、ほとんど毎朝毎朝(夜勤の際は毎晩毎晩) 沖田のスカーフを結んでやるのが土方の日課になった。
実際、一度覚えてしまえば片手間に、何も問題なく結べるようになるものだと思うのだが、
一旦先にラク(?)を覚えてしまったことに味を占めたのか、それともただ単に甘えているだけなのか、
それともそれとも本当に結べないほど不器用なのか、
沖田はさっぱり自分で覚えようとしない。 結んでみようという気にさえ全くならないらしい。
・・・・とりあえず土方が考えるに、まず不器用説については半々というところである。
自作で例の藁人形(土方Ver.) や丑の刻参りセット一式他、何やらを自作できる器用さをきっちりしっかり持っている反面、
この前は昼食に啜っていたカップラーメンの器の底に勢い余って箸を貫通させ、
そこから漏れた汁をあたり一面に撒き散らすという惨事も巻き起こしていたような気もするし、
つい先日は同じことをぐりぐりとかき回していた納豆の容器でもやった。
従って、多分ヘンなところで不器用なのだ。
そして妙なところで器用、と言っていいものやら悪いものやら(なんと言っても藁人形、である)、微妙なところか。
と、なるとただ単に自分に甘えている説が有効になってくる・・・・のだが、
今度は 「んなカワイイ性格だったかコイツ、」 という疑問が出てくる。
いや、確かに可愛い、カワイイのだが、実際どこまでいってもそれは本当のことなのだけれど、
そう決め付けてしまうには何だか少し問題があるような気がして。
昨日もコーヒーに本ワサビを丸々チューブ一本分、入れられたし。 知らずに一口飲んで悶絶死するかと思ったし。
一昨日は買い溜めしておいた大切なマヨネーズ一ダースが、丸々ゴミ箱にぶち込まれてたし。 (勿論拾ったが)
一昨昨日は靴の中に画鋲ならぬ剣山が置かれていたし。 それもわざわざ左右両方の靴に。
以上、昨日からの3日間だけでもそれだ。
とは言え悪戯と言うには少し悪質ではあるが、しかしサド王子と銘打つ沖田の、本当のイヤガラセというには児戯すぎる。
何より、沖田のその行動のターゲットがほぼ自分にしか向けられてはいないというのもこれまた争点の一つであって、
そして結局自分と沖田の普段からのアレでアレでアレ(・・・・) な関係を交えて吟味して考えるに、
やはりただの甘え、ということになるのだろうか。 所謂甘えっ子沖田、という解釈で良いのか。
どっちにしろまあ、自分で上手く結べねーなら、他んトコで別の奴の前でほどいちまうコトとかにもならねーだろ、多分。
・・・・と、無理矢理良い方向に結論づけて、土方は意識を手元に集中させる。




「・・・・・・・・」




つらつらとそんなことを考えながら作業をしていたせいか、なかなか上手く行かない。
今度は緩すぎた。 沖田に言われるまでもなく自分でわかる。 もう一度ほどく。
「・・・・・・」
こんなとき、沖田は素直に上向いた状態のまま、じっと自分を見ていることが多い。
その薄茶の大きな瞳に見つめられて今更照れる、ということは関係が関係であるがゆえ、もうほとんどないのだけれど、
照れはしない代わりに全く別、別ベクトルの感情が時折湧き出てしまったりする・・・・、のが土方としてもツライところで。
無言の沖田、ただ黙ってじっと自分を見上げてくる沖田総悟ほど下半身的に手に負えないものはない。
黙ってさえいれば、外見だけはそれこそ文句無く100万ドルの可愛らしさなのであるからして。




・・・・だから、気を紛らわすために雑談の方向に話を振ってみる。
「おい総悟」
「なんです?」
口を開いた途端に、小さくさらりと揺れる前髪。
そういやここ最近はお互い多忙でちっとも深く触れていなかった。 キスさえしたのは先々週だ。
自覚してしまうと同時、「う、」 と息が詰まる。
だが、いや駄目だ。 早番上がりの自分はともかく、沖田は、総悟は夜勤であってこれから仕事だ。
だから駄目だ。 それくらいの自制は持っている。 何せこちとら副長、直属の上司なのだし。
次の一緒の休みはいつだったか、と考えながら続きを口にする。 ああ思い出した、次の重なる休みは五日後だ。 果たしてそれまで持つか。
「・・・・。 最近、少し気ィ緩んでんぞ」
「はァ?」
別に何にも失敗してませんぜ、騒ぎだって起こしてねーし新聞にだって載っちまったのはしばらく前のあれが最後でさァ、と訝る沖田に。
違うそうじゃねーよ、と言ってから。
「昨日の夜も、廊下、パンツ一丁でふらふら歩いてたそーじゃねーか」
山崎から聞いた、そう告げると沖田は少しだけ思い出すような素振りを見せ、
あー。 ちょっとばかし酔っ払ってたんでさァ」
白々しく軽々しく返答、そしてそれから意味ありげにニコリと笑って。
「だいじょぶです、俺の肌見て興奮して欲情しやがるのは土方さんだけですから」
「、」
また詰まった。 まあそういうイミで言ったのだから返す言葉もない。
チッ、と舌打ちしたい気持ちを無理矢理抑えて何とかスカーフを結ぶことに集中しようと視線をしっかり喉元に向けた矢先、
やたら網膜に焼き付いてくるのは上向き加減、晒された白い喉。
「・・・・・・・・」
男なのに細くて、妙に色素が薄くて。
意識してしまった途端、そそられる。 というより勝手に誘われる。 まったくもってタチが悪い。
「・・・・・・・・」
そんなことをチラリと頭の片隅で思っていたら、土方さん、とふいに呼ばれた。
「あ?」
「アンタ今なんか、エロいこと考えてたでしょう」
呼ばれてはたり、と目を合わせた直後。
ドンピシャ、まるで心の底を見透かされたかの如く言い当てられてしまい、
「か、考えてねーよ」
言葉とは裏腹、情けないほど思いきり狼狽してしまう。
うろたえる土方の前、
「へー。 こんなにカワイイ俺が、こんなにも傍にいるってのにですかィ?」
沖田は面白そうに小さく笑って。
「・・・・自分で言うなコラ」
あえて苦虫を噛み潰した表情と口調を土方は作ってみせるが、全く持って効き目はない。
ついでに 『カワイイ』 という単語をあえて否定しないのもいつものことだ。 何しろ少なからずカワイイのは本当のことである。
であるからして代わりに。
「んな四六時中、テメーのことばっか考えてられるか」
憎まれ口にも似た嘘八百。 実際はかなりの率で考えてばかりなのだが、さすがにそこまで口にしてやる気はなく。
「ふうん・・・・」
すると沖田は、微妙に韻を残す音で頷き、
「・・・・」
それからちらりと上目遣いで自分を見上げてきた。
「な、なんだよ」
そんな沖田に、土方はますますうろたえる。
このカオは拙い。 下半身に思いきりくる。 ついでに言うなら沖田は沖田で十中八九、これを確信的にやっている。 だから余計、手に負えない。
だからほら、続く科白もまたこんな。


「俺は四六時中、それこそ二十四時間、どっかのマヨネーズバカのこと考えてるんですがね」


「な、」


わかっている。
これは沖田の作戦だと嫌というほどわかってはいるのに、なのにいつもいつも決まってスルー出来ず、誘いに乗ってしまう。
毎回毎回毎度毎度のことなのに、心底わかっているはずなのに日常茶飯事であるのにも関わらず、
あっさり流して終わらせることが今回も結局出来ないのは一体何故なのか。
またまた詰まる土方に、沖田は今度は笑みを 『ニコリ』 から、 『ニヤリ』 に変える。
「いつどうやって亡きモノにしてやろうかってずっとずっと考えてますぜ」
「テメー・・・」
このまま首絞めてやるぞこの野郎、と口の中だけでブツブツ呟くが、呟くだけで行動には移せない。
と、四の五のやっているうちにやっと、きつくも緩くもなく、何とか上手く結べた。
「・・・・これでいいだろ。 きっちり働いて来いや」
あとは上着を羽織れば完璧、真選組勤務モードだ。
いつもならここで沖田は 「へーい」 とくるり方向転換、腰を上げて踵をかえすはず・・・・、だったのだが。
「まだ、」
くい、と上着の袷、丁度胸元のあたりを引っ張られた。
「?」
「まだ貰ってませんぜ」
元々近かった顔と顔の距離がますます近くなる。
「? 何をだ」
「・・・・行って来いのチュー」
言って沖田はふわりと笑って、
「〜〜〜〜〜、総・・・・!」
「くれないんですかィ?」
それから挑むようなカオをして。
「な・・・・」
クセモノだ。 土方にとってはこの顔が、こんな沖田がとことん曲者なのだ。
天使の微笑みと言うには性悪すぎて、
けれど悪魔のようだというには可愛らしすぎる。

「土方さん・・・・?」
言外に急かす響き。 わかっている。
本音本心を言わせてもらえば自分だってキスの一つや二つ、すぐにでもしてやりたい。 というかしたい。 したいしたいしたい。
が、どこまで行ってもこれから沖田は半日以上仕事で遅番勤務で、
万が一にもチューをしてやったあと、反応してしまったら欲情してしまったら堪えきれなくなってしまったらどうすれば良いのか、
いやその確率はかなりの割合で高確率で、どうしろというのだ、どう我慢すればいいのか ・・・・無論沖田ではなく自分の方が。
逡巡していると、
「チューだけじゃ、足りなくなっちまいますかィ?」
小声で囁かれる。 これは魔性の囁きだ。
「・・・・、てめー、仕事だろーが」
やっとそれだけ口にする。 
すると沖田は一体どこまで計算ずくだったのか、
「だいじょぶでさァ。 実はこんなこともあろうかと、さっき近藤さんに休暇届提出して来たんで」
「うォォイ!!」
「だって俺、ここ最近ちっとも休暇取ってねーです」
「・・・・・・そ、そりゃそうだが、 ・・・・ってうおッ!!?」
思わず頷いてしまったら。
即座に伸ばされてきた両手でどさッ、と勢いよく真後ろに突き倒され、あれよあれよという間に馬乗りされてしまう。
押し倒された身体の上、沖田は満面で破顔して。
「ってコトで、 ・・・・痛くしたら承知しないですぜィ、土方さん」
なんだか上手く乗せられただけのような気もしないでもないけれど、
「しねーよ」
即答即断即決。




先程自分が結んでやったばかりの沖田の首元、スカーフに腕を伸ばし手をかけ解いてやりながら、




「ん、」




言って来い、のキスではなくて、
情事のためのキスをした。








【「きょうの『裏・そうご』に続く】












大した意味もなく本番(・・・・) は後編に繋げてみました。 タイトルはもちろん 「きょうのわんこ」 をパク・・・げふごふ、もじってみた。
久し振りの土沖だったせいかやたら糖分過度ですがゲフン! 見逃しといてくださると幸い・・・・。
発端はコス相方の真選組制服コス衣装を製作する際、スカーフの部分がどうなってるのかさっぱりわからず頭を悩ませたのが元ネタです。
そして今でもどんな形でどう結んでああなってるのか、イマイチわからない・・・・。
後編、もちろん近々UPしますー。