思い出は、いつも





「へえ、ちょうどキミタチも帰りの一杯ってやつ? どこ帰り? デート? デート? いいね不良公務員はさあ、休みが沢山あって」
「ちょいと旦那、そりゃちっとばかし聞き捨てなりませんや」
「何が? ナニが? だって間違ってないでしょ、どっからどう見ても土曜の夜に私服で揃ってこんなトコでダラダラしてるなんてデート以外のナニモノでもないだろーに。 場所が居酒屋ってのがなんかオッサン臭いけど」
「違うったら。 それとこれとは全ッ然違いますぜ」
「何が違うっての? いーよいーよ沖田くん今更誤魔化さなくて。 銀サンは何でも知ってるんだから」
「そりゃあ俺がバラしましたからね」
「あ? 俺ァその前からとっくに気付いてたよ? キミタチ二人の抜き差しならぬカンケーってやつにはさあ」
「あっ言い得て妙だけどそりゃドンピシャ、正に抜き差し抜き差し」




・・・・・・いつからこうなったのだろう。


沖田と銀時。
眼前で展開される二人の会話をあえて聞かないフリ、聞き流すフリをしつつ土方は考えても詮無いことを思う。

確かに。
確かにここは某チェーン店の展開する某居酒屋の片隅の一席で、
そこに確かに沖田と居座って決して少なくない量の酒をかっ食らい始めたのが小一時間ほど前である。
そうして程好く酔いが回ってきたあたりのところで、
『ん?』
『アレ?』
ちょうど、なのかそれともたまたまなのか(おそらくどう考えても後者のはずだ)、
席の横をすいっと通りがかった坂田銀時に沖田が気付いたのがきっかけで発端で元凶なのではあるのだが。
だが。
(・・・・・・・・・・)
五十歩譲って、銀時が一時的に同席するのはまだ許容のうちだ(とする)。
何故かどこか沖田と銀時はヘンなところでウマが合うらしいということも、元々わかってはいる。
沖田が真選組外の人間に懐いているそのこと自体は確かに珍しく、
そしてその相手も相手(・・・・) であるあたり少しばかり面倒だが大した問題じゃない。
おまけに自分への当て付けなのか何なのか、一度この二人が揃ってのらりくらり腹芸だらけの無駄話談義に突入してしまうと、
完全に土方一人は置き去りにされまくるという事実もまあ癪に障るがせいぜいお遊びだ。 これも問題じゃない。
が。
土方は煙草をふかす手前、苦虫を噛み潰した。
ココはアレだ、所謂 『見ざる言わざる聞かざる』 で行くしかない。
適当に流して傍観者に徹していれば、いくら自由業とはいえ(否、自由業だからこそ)、
銀時だってそうそう暇一辺倒というばかりでは無いのであろうし、いずれ嵐は去る。
だから奴にナニがバレていようとも(・・・・) そうそう深い問題になることはないのだが。
加えてアレである、
たとえ自分を差し置きまくって、
「まあまあ旦那、ココはとりあえず呑んで呑んで」
「いーねいーねコレ吟醸? 大吟醸? ととと、とととと」
自ら銀時の杯に沖田が酌をしまくっていたとしても(自分には滅多に酌などしてきやしないクセにこの野郎)、だ、
『見ざる』。
あえて見ない。 無理矢理視線を逸らしまくって見ない。 だから問題ない。
加えて加えてソレである、
たとえたとえ気付けば自分の分の、土方の徳利の中身までいつの間にか沖田と銀時とで消費し、
自分が手酌で注ごうとしたときには一滴も残っておらず空っぽになっていたとしても、
『言わざる』。
たかが一合、吝嗇ぶっても仕方ない。 そこまで度量も狭くはない。 むしろ呑み過ぎ防止にちょうどいい。(と思うことにした)
であるからして構わない。 四の五の言うことではない。




・・・・・・・・が、




唯一にして問題なのは、
とにかくとにかく取り立てて問題にしなくてはならないのは、




「で旦那、とりあえずですけど」
沖田はわざわざ改まり、
「?」
改まって首を傾げる銀時にまたも酒を注ぎつつ。
「あえて訂正しときます。 デート帰りじゃなく、ホテル帰りでさァ」




「総悟ォォォ!!!!」




最後の最後で『聞かざる』、実行は無理だった。
慌てて遮り、大声で制止をかけたにも関わらず、残念ながら銀時の耳にはしっかり届いてしまっていたようだ。
「あー・・・・、あのさ土方くん、」
しげしげまじまじ、イヤミなほど凝視された後。
「・・・・・・・・・・・・いつもいつもアレでアレでアレでコレだから思うんだけどさァ、ちっさい頃から一体どういう教育したの? どういう躾で育てたの沖田くんを」
「な・・・・!」
呆れ口調でありながらもじっとり韻が含まれた響き混じりに畳み掛けられ、
咄嗟に後の句が続かない。
思わず口籠もってしまったコンマ数秒後、
しまったテキトーに誤魔化せばよかったじゃねーか総悟のいつもの戯言タワゴトとして、と気付いたもののすでに遅い。
何も二の句が継げなかった次点でほぼ全部認めてしまったようなもので、
「ええ? 別に何にも教えてもらっちゃいませんや。 土方さんにはせいぜい、エロいことしかされてないです」
おまけに沖田による追い討ちまで降ってきやがった。
実際、ホテル帰りなのは本当であって、
つまりここに入る前までは確かに確かに引っ付いていた訳であって互いに愉しんで貪り合っていた訳であってそれは事実なわけであって、
だがしかしそれだからといって公に大っぴらに出来る事実であるわけも当然にしてあるはずもなく、
「総悟ォォォォ!!」
「・・・・・・・・へーえ・・・・・・・・」
ガタン、と椅子を鳴らし、勢い焦って立ち上がってしまった土方を、銀時はますます意味ありげ面白げに眺めやり、
それから次に沖田に目をやった。
「あー、どーりでね。 道理で揃ってスッキリサッパリしたカオしてると思ったわ。 ・・・・ところでさァ」
銀時特有、途中であえて一区切る、わざとらしいワンブレス。
「ついでに教えてよ、おたくらってどーやって引っ付いたワケ? キッカケって何だったワケ?」
「え? 言っちゃっていいんですかい?」
「イイんじゃね別に? どんだけアレだったとしても今更ビックリしやしねーって」
もうね、今の爛れたタダレタ君達を銀サンは知っちまってるからね、とこれまた繰り返すところもわざとらしい。
そして何より、質問相手兼会話の相手を沖田一人に絞り、自分には先程の凝視の後は一瞥もくれないのもわざとらしいことこの上なく。
とは言え、いくら沖田でも、
いくら奔放が代名詞の沖田であったとしても、
まさか、まさか答えるはずもないと思いつつ大して疑いもせず、しかし念のため念のため形だけでも釘を刺しておくため、
「言うんじゃねーぞ総悟」
と先手を打ちかけ 「言うんじゃ」 の 「じゃ」 までを土方が小声で発したと一緒。
土方のそれを追い越すよう、
明瞭かつ簡潔に発された沖田の一言。




「まだ幼い俺を捕まえて、土方さんが無理矢理。 嫌アアアやめてえェェェと泣き叫ぶ俺を引き倒し押し倒し」




「な・・・・」




唖然、次に呆然とした土方が、ツマミにのばしていた箸をカランと取り落とすのと、




「うわー、最ッッッッ低・・・・」




それを聞いて銀時がじっとりとねめつけてくるのが同時。
当たり前だがそんな事実はない。 あるはずもない。 いくら何でもいくら今現在はこんな状態(・・・・) そんな現状(・・・・) であるとしても、
当時、あの頃にそんな無理(もしくは無茶、か) が可能だったはずがなくて、
「んなワケあるかァァァ!!!!」
勢いと憤りに任せ、危うくテーブルを引っくり返しそうになった土方を、沖田は、「まあまあ、」 と押し留め。








「まあそれは冗談として、 ホントのとこは俺が一服盛ったんです」








「総・・・・ッ!」








そうでもしねーといつまで経っても手ェ出してきやがらねーだろうと思ったから。
そーゆー重要なトコロでやたら意気地がねーんですこの土方は、








と銀時が聞いてもいないことまでさらりと臆面もなし。




「土方さんの呑んでた芋焼酎に誘淫剤と興奮剤をドバッと。 あれ? ちょっと待った、昔のことなんでよくよく俺も記憶があやふやでさァ。 ・・・・違いましたっけ?」




「芋焼酎じゃねえ、麦焼酎だ。 ・・・・って黙れェェェ!!!!」




まるで「一週間前の晩飯のメニューを聞いてくるような」 軽すぎるにも程がある(・・・・) 感覚で訊ねてくる沖田につられ、
途中まで答えかけハッと我に返り思いきり動揺し土方は血相を変え怒鳴る。
それでいながらしっかり訂正箇所は訂正してしまった、そんな自分に動転しつつ。
「黙れそれ以上バラすな語るな頼むからァァァァ!!」
怒鳴った勢い余って薙ぎ払った腕で、卓上の徳利を一つ二つ倒したような気もするがどうせ中身はカラ、
何より今はこの小僧を黙らせなければならず、
「・・・・総悟」
あまり宜しくない目付きであると自覚もあるその目でぎりっと睨みつけた途端。
元凶の沖田は微塵も悪びれず、ちらりと横目で土方を一瞥したあと。
「あーあ、怒られちまった」
まったく度量も小せェ、と続いて小声で毒づき、それから銀時に向け、
「というわけなんで旦那、残念だけどこっから後は一応やめときます」
対し銀時も、
「ウンそうした方がいいわ」
あっさり認め頷く。
「銀サンもなんつーか、あまりのキミの開けっぴろげっぷりにちょっと驚いたわ、マジで」
「フフン」
オイ 『フフン』 て何だそのやたら得意気な 『フフン』 は。
一つも得意気になるようなコトじゃねーだろ総悟、と思わず突っ込みたかったが、
下手に突っ込んでしまえばまさに正しくヤブヘビになりかねない。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
無理矢理堪え、懸命の努力で沈黙を保ち続けていると、ようやく、
「じゃあ、続きは気が向いたら後でメールしときますんで」
「おー」
そんなやり取りの後、「そんじゃ」 とひらひら手を振りつつ、やっとこさ席を立って帰っていく銀時。
その背中を土方は恨めしく睥睨し、それからふと、ともすれば素通りしてしまいかねない問題点を一つ思い出した。
「・・・・オイ、メールって何だメールって」
突然の問いに沖田はきょとんとする。
「? メールはメールですぜ、携帯の」
それが何か、とばかり自分を仰ぎ見てくる表情は、普段どれだけ小憎たらしい言動行動をしていようが何であろうが、
やはり改めて正面から受け止めると思わず瞠目しかけてしまうほど秀麗で。
「、」
一瞬、詰まる。
が。
「、 ・・・・もうこれ以上ヤツには何も言うなバラすな喋るなマズいだろうがいくら何でも!」
つーかいつからメールまでする仲になりやがったテメーら(なんて今更嫉妬しても仕方がないのだがそれはそれで聞き捨てならない、土方としては)、
と低く呟いて我が身を顧みる。 実際、沖田からメールなどほとんど来たことが無い。
(※何故って毎日毎日ほとんど一緒にいるがゆえ、メールをしても意味がない。 むしろ直接喋った方が万倍も早い。 まあそれはソレ、これはコレ)
ぎりぎり歯噛みをしたい気分で、
「わかったな、オイ。 次からは適当に流す程度にしとけ」
歯ではなく言葉を噛んで含めるよう、言う。 なのに。
「んー・・・・。 もうとっくに遅ェような気もするけど」
「だからもうこれ以上って言ってるだろうが!」
常識ぶっている訳ではない。
無駄に口煩くなりたい訳でも無論ない。
ただ、バラす相手が悪い。 悪すぎる。 ヘンなところで色々面倒な相手すぎるのだ、この場合。
「へいへい。 わかりました」
不承不承承知して、チッこれだから頭の固い年寄りは面白味がねェ、とぼやく沖田。
「・・・・・・今何か言ったか総悟」
「いーえ何も? 何も言っちゃいませんぜ」




「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なら、いい」




畜生。
土方は心中、呟き捨てる。




その呟きの矛先は沖田にでも、銀時にでもない。
一服盛られた、あの時のあの頃の自分に向けて、だ。
銀時がどこまで信じたかは知らないが、総悟はその件、事実しか口にしていない。
意気地がなかった。 言われるがまま、それは本当のことだ。
総悟が行動を起こすまで、手も何も出すことの、何も手を出してやることの出来なかった自分に向けての罵倒。
嫌でも脳裏によみがえり描かれていく数年前、
初めて総悟に深く触れた晩のことを思い出し、
ほとんど無意識のうち手許にあったグラスの中身を一気に呷った。




「、 」




刹那、よぎるあの時の既視感にも似た錯覚。
確かあの時もこんなふうに、こんな勢いで強い酒を呷って夜が始まった。




ただ違うのは、今のそれはすでに氷も溶けてしまい嫌というほどぬるくなった、
お冷とは名前ばかりの不味い水道水であったのだけれども。












【「キレイ、だけど?」 に続く】 












はじめてものがたり/ほんばん は以下続く!   ・・・・でスミマセン
続きはなんか気が付けばそこそこ真面目な感じになりそうな感じ (けどたぶん行き当たりばったり)