リバース





リバース 【reverse】 [名]


1 逆にすること。 反対方向へ動かすこと。 逆転。
2 また、口語 「嘔吐すること」 の意。 つまりゲロ。
















「銀時・・・・」
「・・・・・・う」




時刻は夜半過ぎ、
場所は飲み街から一本入った人気のない裏通り、よろけて歩く銀時を支えて進むため、互いの身体は密着。
普通に考えればオイシイ展開である。




なのに。
なのに、
これは自分の銀時への愛を試されているのかもしや、と桂は唇を噛む。 そして悔やむ。 悔恨の意を痛いほど噛み締める。
「まったく・・・・だからむやみに飲むなと・・・・」
そう、自分が支えて歩かせなければならないほど、一人では立つのも覚束ないほど銀時は酔っ払っているのである。 泥酔しているのである。
たぶん今、真選組に見つかったら終わりだと素直に思えるほどの酔いっぷりだ。(銀時を置いて自分だけ逃げられるものか)
下手をすれば・・・・否、しなくとも急性アルコール中毒一歩手前、というやつなのではなかろうか。
「はぁ・・・・」

一体どこで判断を見誤ったのか。
居酒屋四件のハシゴがいけなかったのか。
それとも、ほんのり酔い気味の銀時を見たくて、そしてともすれば酔いに任せてどこかへ連れ込みたくて、
急ピッチで勢いに任せ次々と飲ませたのが悪かったのか。
それともそれとも、糖分過多の甘いカクテル系ばかりをストローを使ってがぶがぶ飲み続ける銀時から、
「ストローで飲んでいると悪酔いするぞ」 とストローを取り上げることもせず、
ただただ微笑ましく見ていた眺めていた自分が悪いのか。 
どちらにしろ今となっては全て手遅れで、
桂はつい10分ほど前を回帰し回想し、同時にはああああと珍しくも深い溜め息をつき、
道端、ちょうど目に止まった比較的汚れていない木箱の上に肩を貸して歩いていた銀時を座らせた。
長時間までとは行かないものの、それなりの距離をそうして二人分、
しかも自分より体重のある銀時を支え歩いてきたせいで、肩が痛い。
「だ、大丈夫か銀時」
夜空はこの時期特有の快晴、頭上から差し込む月明かりで夜半だが明瞭に見ることのできる銀時の顔を覗き込めば、
すでに酔いから来る赤みを通り越し、青い。
その顔色が語る通り、
「・・・・・んなワケ、あるか・・・うぇ」
青息吐息、気分の悪さも極まった途切れ途切れで返される返事ともうひとつ。
「まままま待て! 待て銀時、吐くならココ! このコンビニ袋に吐けェェェ!!」
「うぇ。 ・・・って、まだ出ねーよ、さっき吐いた」
慌てて差し出したコンビニ袋を力なく押しのける銀時に桂は正面から向かい合い、深く深くしかし遠い目をして、頷いた。




「そうだな。 俺の懐に思いきり吐いたな」




・・・・そう、なのだ。
つい10分前、桂のフトコロ目掛け思いっきりゲロゲロゲロゲロと、そりゃもう盛大に吐いてくれたのだ銀時は。




「わざわざ懐目掛けて、躊躇もせず吐いたな」




歩いていたら突然ふらふら千鳥足、覚束ない下半身でよろよろと自分のほうにもたれかかってきて、
『・・・・ヅラ、』
だなんて今にも消え入りそうな声で名前まで呼んできて、
最後にトドメ、がしっと肩と胸のあたりを掴まれて、まるで胸のあたりにカオを埋めるかの如くのそんな格好のシチュエーション、
だから 『つ、ついに自分からその気に・・・・嬉しいぞ銀時ィィィ!!』 なんて勘違いし狂喜したのも束の間、
自分の胸元に銀時の鼻先が一瞬触れた、と思った直後。
嘔吐特有のえずき音、そして間髪入れずで自分の胸元に降り注いだ体温レベル相応のそれ。 つまり吐瀉物。
『ギャアアア何てコトを!! なんでザマだ銀時ィィィィ・・・・!!』
当たり前だがさすがにこれには諸手を挙げて大喜び、だなんてことが出来るはずもなく、
しかし激怒しようにも悲嘆に暮れようとも相手は他の誰でもない最愛の銀時で、
・・・・言うまでもなしそんな態度を取ることだってとてもとても出来ず。
結局、深い深いタメイキを幾度となく漏らしながら、暗くて本当に良かった、と健気に不幸中の幸い(?) を見出しつつ、
吐かれた懐具合はそのままに再度銀時を支えながら歩き続けなくてはならなかった桂である。
全く惚れた弱みというのはどこまでも弱い。
それにしてもまだ先は長いな、タクシーもこの時間この時分ではほとんど通らないし万事屋まで一体あと何分かかるんだ、
と口に出しつつ空を振り仰いでみたところで。




「・・・・なーんか言葉にトゲ、ねェ?」




ぼそり、と銀時が呟いた。
音量自体は小さな声だったけれど、周囲が静かなためとてもよく聞こえてしまい、
聞こえないフリをすることも出来なくなって、「当たり前だ」 と桂は返事をしてやった。
「お前のことは好きだが、ゲロは好きじゃない」
「ああそうかよ」
「だってゲロだろうが」
見てみろ半端に乾いてカピカピだ、と前傾姿勢になってみるものの、銀時は少しも見ようともカオを上げようともせず。
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
僅かに途切れる会話。
この沈黙は、決してそう心地のよいものではなくて、かと言ってそこまで険悪なものでもなく、なんというか互いの間を読んでいるというか。
とは言え銀時は引き続きぐったり模様、
すると些かやりきれない気分に桂はなってしまう。 被害者はどう見てもこちらの方なのに。
「、ぎ」
「・・・あ?」
「いや、その・・・・」
「つーか、一緒にあんだけ飲んどいてテメーは何ともねーのかよ」
そして大抵、先に声をかけるのは自分、それを受けて先に話を展開できるようにしてくれるのは銀時だ。
「? ああ、あの程度なら大丈夫だ。 途中からは(しっかりとお前を見ていたくて) 普通の烏龍茶に切り替えていたしな。(いつ見てもかわいいぞ銀時)」
「・・・・なんか今スゲー嫌な心の声が聞こえた気がする」
物凄い小声で吐き捨てられた。 はて、いつから銀時は読心術など身に付けたのだろう。
それとも間違って全て口に出していたか。 声になってしまっていたか。 ま、どちらでも。
そうして桂は、改めて自覚する。 しなくてもいいほど、思い知る。
結局自分は昔からたとえどれだけ互いに迷惑をかけ合いながらも銀時が好きで好きで、これはもうどうしようもなく。
「ときに銀時。 他人の懐にゲロを吐くのはこれが初めてか」
「たりめーだ、・・・ウプ」
「俺もしがみつかれてゲロを吐かれたのは初めてだ」
「そいつぁ良かったな」
相変わらず具合悪そうに投げやりに 「初体験じゃねーかヅラ、」 と述べてくる銀時に、
「うむ。 やはりお初を奪い奪われるというのは良いものだな」
頷きつつ素直に頷いて。
「そうだ、お初と言えば」
「・・・・はぁ?」
腕組み、そして得意気に昔を思い出す仕種をすると、銀時はのたり頭をもたげて胡散臭げにこちらを見てきた。
その顔をああやはり可愛いな髪のくるくる具合も絶品だ、と思いながら。




「お前の処女膜はどちらかというと薄かったな銀時」




「ねェよ! ンなモン一瞬たりともこの世に存在したコト自体ねェェェェ!! ・・・・うぷッ」




脊髄反射で見事な大否定。 しかし突然大声をあげたせいか、銀時は勢い余ってまた吐き気を催してきてしまったようだ。
必死で堪えながら苦しさからうっすら涙目になっている。
「そうだったか?」
反駁を受け、桂は首を捻る。
そう言われてみれば、ああそうだったか。 元から無いか。 いささか自分も酔っているようだ。
すまん銀時、少々俺も酔いが回ったようだと告げて、また。
もし望むのなら俺の膜もお前にくれてやるぞ? はて、そうなるともしかしなくても銀桂になるのだろうか
「だからァァァ!! 一万回生まれ変わったって断るいらねェ! ・・・・てかテメーのドコにんなモンが、ってうぷ」
またもやそう言われてみればああそうか。 やはり酔っている。
そして連続して大声を上げてしまった銀時はますます蒼白、今にもまた二度目のリバースに陥りそうだ。
そんな様子に、
「ほら、使え」
桂が一度しまいかけたコンビニ袋を差し出すと、
「なあ銀時」
「・・・・んだよ」
瞬時に奪い取られるコンビニ袋。
ここまで切羽詰まっている(・・・・) のに、呼びかけにきちんと返事をしてくれるのが嬉しい。 何よりも嬉しい。
「好きだぞ」
「・・・・・・・・」
たぶん星の数ほど、会うたび逢うたび口にしている科白。
でもどれだけ告げてもまだ足りない。 到底足りない。 足りる日なんて一生来ない。 わかっていても告げずにはいられない。
ゲロを吐くお前はこの上なく人間くさくて良いし、ゲロを吐いてるお前のことも俺は変わらず好きだ
「・・・・なんだそりゃ」
呆れ口調で返されるのにももう慣れた。 呆れられながらも、決して否定されず拒否されないのもとことんシアワセだ。
そしてよくよく考えてみれば。




いやなんかもうゲロも愛せるような気がしてきた。 お前のなら」




そうだ。 言い切った。




そうだそうだ、悪酔いに蒼白な顔の中、潤んだ目許はよくよく見ればそこだけぽうっと赤く染まって可愛らしいし、
苦しくて懸命に酸素を取り込もうとはあはあ喘ぐ口許だって、色っぽい。
万一キスの最中に吐かれたってリバースされたって、それはそれで物凄いプレイだ。 ゲロ口移し。 下手な肉体関係なんかよりよっぽど濃い。 濃ゆい。




「ぎ、銀時」
たまらなくなってきた。
思い立ったら即行動、被さって抱き込んで激情に任せ、チューしようとした途端、
「気持ち悪ィ・・・・!」
バサッと顔面に押し当てられるコンビニ袋、そしてそれ越しにぐぎぎぎぎ、と力ずくで堰き止められて。
改めてそんなに気分が悪いのか、と俄かに心配になって聞いたら。




「テメーが気持ち悪い! キショイ! 心底気持ち悪ィんだよこのヅラァァァァ!!」




やめろ止めろこんな時に冗談じゃねェェェ、
んなゲロまみれで近寄って来るんじゃねェこの変態、
ただでさえも気分サイアクなのに余計サイアクの底辺に近づいてくじゃねーかetc. 暴言の数々、怒声の嵐。
「な・・・・」
ちょっと待て、俺がゲロまみれなのはお前が吐いたからではないか、
大体にしてそもそもの始まりはお前が原因じゃ、このゲロはお前のゲロだ銀時ィ! と桂が正論を持って反論しようとした、その時。




「・・・・うぷッ」




「ギャアアアまたやった! またァァァァ!!!!」




眼前の桂目掛けて飛び散る胃液、
「今度は髪についた! 髪に!!」
やはり、やはりどこまでもゲロはゲロ、色気も何もあったもんじゃない。




「うるせ、無駄にロン毛にしてやがるからそうなるんじゃねーか、 ・・・・うぷッ!」




「二連発!!? 二連発なのか銀時ィィィィ!!!?」




夜の営みはなかなか連続でさせてくれないクセにこんなときだけ自分だけ二連発なのかお前は、
なんて嘆いてみても儚んでみても詮無し、もうこの着物は帰って脱いだら捨てなければ駄目だ。 それほどまみれた。
それによく見てみれば銀時の着流しも少なからずキレイじゃない。 ヨゴレまくりである。
なのに。




「帰ったら一緒にすぐ風呂に入るとするか、銀時」




なのに、まとめて愛せてしまえるのは一体何故なんだろう。
日常の中の幕間劇のようなこんな他愛無い時間も銀時となら黄金時間、他の何より代え難い。
まみれながら、そう思った。
















が、 ・・・・・・もちろん万事屋に戻ったところで、当然ながら同居人を理由に一緒に風呂には入れて貰えず構っても貰えずの顛末、
挙句の果てに 「銀ちゃんはともかくお前臭いアル」 と神楽に蹴り出され追い出され。
湯船で一緒にちゃぽん、
洗い場で泡にまみれて×××、のユメは呆気なくユメのままでかき消えた。








――――― 世の中そこまで甘くはない。












キタナイ話ですみませんでした土下座。
どこまで桂さんを変態に出来るかやってみたかったんです・・・・。 
でも大して普段と変わらなかったなー(笑)。