さくらNaCl








「・・・・・・・・絶体絶命アル」








こんなピンチ、初めてだった。
たった三分前までは何でもなかったのに。 秋晴れ、良い天気の穏やかな午後だったはずなのに。
でももうどうにもならない。
ひとりじゃ、自分だけじゃどう頑張ってもここから、この状態から抜け出せない。
この狭い狭い場所から。 ここから。




だから。




すうっと息を吸い込み、
神楽は力の限り、声帯の限りに叫んだ。








「ギャアアアア銀ちゃん助けてェェェェーーーー!!!!」








































万事屋中、悲鳴にも似た神楽の絶叫が轟き渡ったとき当の銀時はいつもの如く(いつもの如く仕事がない)、
応接間、ソファーに寝転がってジャンプを読んでいたのだが。




「、」




いや、悲鳴というより金切り声に近かったか。
神楽のその切羽詰まった響きと音量に流石に咄嗟に反応、読み返していたジャンプを放り投げ、
「一体ナニ何なにィィィ!!?」
ばたばた早足で一直線、駆け付けた絶叫元は、








―――――― トイレの前、である。









「な・・・・」




場所が場所だけに、「オイ神楽、」 と声を掛けようとして僅かに逡巡する。
が、迷っている暇もなく、
「銀ちゃん!? 早く! 早く助けてェェェ!!」
気配を察知したらしい神楽の声が中から聞こえ、おまけにドアには鍵もかかっていなかったため、
「一体何・・・・」
ガチャ、とドアノブに手をかけ銀時がドアを開けるのと、
「!!!!  あああやっぱストップ! ストップ銀ちゃ・・・・!!!!」
突然急いた制止が内側の神楽からかかるのとがほぼ一緒、
しかし銀時がドアを手前に引いて開けてしまう方がコンマ数秒ほど早かったもので――――。




「おま・・・・」




「ギャアアア目隠し! 目隠し!! 目ェ瞑るアルーーーー!!!!」




叫ばれてももう遅い。
開けられたトイレのドア、そして銀時の思わず見開かれた眼に否応なしに映ったものは、




こちらを向いて何の問題もなく設置され佇んでいる洋式便器、
その便座に見事にすっぽり腰が落ちる体勢で嵌まってしまい、身動きが取れない神楽。
(どうやら便座が上がっていることに気付かずそのまま腰を下ろし、嵌まってしまった様子である)
そして何より何処より最大の問題点、
腰をVの字の折り返し、底辺ポイントとして嵌まってしまった神楽のごくごく自然なその態勢ポーズ、
無論のこと両脚は外に出ていて所謂出来損ないのM字開脚、
加えて場所が場所たる所以、








当たり前だがチャイナパンツと一緒に足首まで下着も下ろされていて、








―――― 映ったもの、
―――― 思いきり真正面、思いきり目撃してしまったものは。




「な・・・・」




あまりに想像もしていなかった場面であるということもあり、
驚きのあまり目の血管が今にも切れそうなほど目を見開いて銀時はストップモーション、
「か、神・・・・」
思わずその部分を凝視したまま固まってしまい、




「い・・・・いつまで見てるつもりアルかこのド変態ィィィィーーーー!!!!」




怒声と共に、メリメリメリと硬物、
便器の割れる破壊音に続き自力で脱出することに成功した神楽の渾身の一撃をくらい、
壁をぶち破って和室まで吹っ飛ばされたところで気が付いた。
今さっきの怒声の半分は泣き声で、
神楽の色白の頬は真っ赤だったということに。




































「・・・・・・・・オイ」
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・オイ・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・オイ神楽、・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」




三十分後。
何はともあれ水洗とはいえ便所に浸かってしまったため取るものも取りあえず風呂に入り、
新しく着替えて出てきた神楽だったのだが、
銀時の声に返事もしないどころか、プイと背中を向けたままこちらを見ようともしない。
先刻の一件が一件、事態が事態(・・・・) だけにまあ仕方がないのかもしれないけれど、
『保護者代理』 でもある銀時からしてみれば、そうずっと拗ねられていても困る。
否、拗ねているのではなく照れているのか。 それとも恥じらいか。
一概には不明だがどちらにしろ保護者代理の立場からすれば、早めに和解への道を辿りたい。




「あー・・・・、神楽」




またも呼びかけ、しかし何と続ければ良いのか、詰まった銀時に被せるかのよう、




「なんで上げて使った便座を元に戻さないでおくんダヨ!」




それまでずっと無言だった神楽から突然声が飛んできた。
しかしそんなこと言われても。




「なんで確かめてから座らねーんだよ。 つーかなんで状態を確認してから呼ばねーんだよ」




「う」




そう逆に聞き返すしかない。
するとまたしばしの沈黙、短い無言の時が流れ、
やっと反応が起きたと思えば、




「うぇ・・・・」




泣き声だ。 それも本泣きだ。
「オイ・・・・勘弁してくれって」
気持ちはわかる。 泣きたいキモチはコッチだって充分わかる。
けれど事故だ。 これは不運な事故というやつだ。
助けを求められたからドアを開けたわけで、いくら焦っていたからとはいえあんなギリギリで思い出して制止されたって自分にだって勢いというものがあり云々エトセトラ、つまり事故だ。 それ以外のなんでもない。
銀時はぐしゃぐしゃと天パ頭をかき回す。




「・・・・えぐ・・・ぐすっ」




泣かれる。 こうなったら冗談で流すか。




「泣くなよ、俺ァてっきり初めてのお月サマでも来たのかと」




途端、手元にあったらしいティッシュペーバーの箱が投げ付けられ空を切って飛んできた。
やはりそっち系の冗談は拙かったようだ。




「ぐす・・・・っ」




更に泣かれた。 それならストレートに言ってみるか。




「んなペロンなつるっペタ見ちまったところで、どうってコトねーよ銀さんは?」




ロリコンじゃないしさァ、と言い切った途端、先週号のジャンプ本誌が空を唸って飛んできた。
やはり駄目か。 やはり直接過ぎたか。




「うぇぇ・・・・!」




更に更に、どころか思いっきり泣かれてしまう。
「泣くなよ、オイ」
こうなってしまうと一番困る。
まだギャンギャン喚かれる方がいい。 ギャアギャア暴れられる方幾分がマシだ。




困り果て、深い深いタメイキを吐き、もう一度 「泣くなっての」 と繰り返す。
と、




「・・・・泣いてなんかいないネ、・・・・ただ両目から塩化ナトリウムの水が出てるだけアル」




ズズズと洟をすする音に混じり、そんな返答が。
しかし神楽は泣いている。
「ほら洟かめ、」 と先刻投げ付けられたティッシュボックスを放り返しつつ、




「どうすりゃいーんだよ・・・・」




銀時としても頭を抱えざるを得ない。
ほんの僅か、『女同士お妙でも呼ぶか』 との考えが浮かんだのだが即却下。
間違いなく火に油を注ぐハメになる。 いや、炎の中にダイナマイトを投げ込むようなものか。
幸か不幸か新八も不在な今、やはり自分だけで解決するしか手はなく。
思わずぼやく。




「泣きてーのはコッチだよ、壊れた便器の修理もしくは買い替えにいくらかかると思って・・・・」




瞬間、ぶんッとガラス製の灰皿が猛スピードで飛んでくる。
「うおッ?!!」 と危うく避けたが、危険度は先ほどのティッシュの箱やジャンプとは訳が違って。




「ちょ・・・マジで殺す気かァァァ!!!!」




オトナ気なく青筋立って叫ぶも、「えぐっ、ぐすっ・・・・」 と神楽はしゃくりあげ続け、




「銀ちゃんのバカァァァ!! デリカシーのカケラもないネ!!」




喚きながらも素直にチーン、と洟をかむ。

そして。












「いつか何年か後に、たっぷり焦らしたあとカンドー的に拝ませてやる予定だったのに・・・・なのに全部全部台無しアル・・・!!」












え。












その言葉の意味するところがたちどころに理解できず、数秒呆けたような間抜けなカオをしてしまいながらも。












「・・・・・・・・」












いやさァでもさァその頃には俺もうオッサンだし神楽ちゃんだって他にイイヤツ見つけてるかもしんないし大体それにさァその頃のその歳になってまでオトコの部屋で暮らしてるのってそりゃもう居候じゃなくてもはや同棲なんじゃね?それって流石にマズくね?いや別に俺はイイんだけどアレもしかしてコレって世間で言うトコロの光源氏計画ってやつ?男のユメってやつ?アレ?アレ???それって滅茶苦茶おいしくね?????




・・・・なんて混乱した頭の中で混乱の極み句読点ナシ、
自分の天パ以上にこんがらがった思考の中、銀時は思いのほか正直に。












「・・・・あーーーー、んじゃ、今からその頃楽しみにしてるわ」












ボソリと言い置き、




「・・・・・・・・。 ちょっと買い物」




擦れ違いざま神楽の頭をぽんぽんと軽く叩いて宥めるようにして、間を取るため自分も神楽も互いに冷静になるために、そのまま外に出た。




































外は秋晴れ、少し涼しいくらいの穏やかな風が吹いていて、
ココロを鎮めるには、頭を冷やすのにはちょうどいい。




「ったく・・・・」
自然、口許に自嘲的な苦笑が浮かぶ。




危なかった。 色々な意味で危なかった。 神楽の言う何年後かならともかく、 ・・・・本当に、危うく。




























青いはずの果実は、ほぼ濃い桃に近いさくら色だった。

























やたら短いですが自分では物凄く楽しかったです(笑)。
神楽ちゃんがちょいと乙女すぎるような気もしますが、所詮妄想なのでレッツ気にしなーい!
「濃い桃に近い桜色」ってどんな色だよ!!? ってツッコミは無しの方向で。 自分でもわかりませぬ。