シアワセの条件





・・・・・・長い夢を、みていた。
目が覚めたら、内容なんていつもの如く半分以上は忘れてしまっていたのだけれども。












「なあ」


「何だ、起きていたのか」


「・・・・いきなりヘンなコト聞くけどよ、【シアワセの条件】 って、何だ?」


「?」




起きがけ、
まだ早朝、
暗い部屋の中、
突然そんな科白を口にした銀時に、なんだ唐突にお前らしくもない、と桂は形の良い眉を僅かに怪訝そうに寄せた。
その表情を崩さないまま、静かに上体だけを起こし、自分の隣で天井を見上げたままの銀時の顔をひょいと覗き込む。
すると彼は彼で珍しくも表情ひとつ変えず、ただ口許のみを動かして。




「さっき、夢見てたんだけどな」


「それがどうかしたのか?」




眠れば夢くらい誰だって見るだろう、見ないのは昆虫くらいのものだ、と意味もなく呟いた桂に対して、
そりゃあな、犬だって夢見て寝言で唸るってのが判明された時代だしな、と詰まらなげに銀時は言葉を返し、
そして一層詰まらなそうに続きを話し出す。




「・・・・夢ん中でよ、なんでか知らねーけど俺はガキの頃に戻ってんだ。 なんつーの、歳は幼稚園児くらいのガキでよ」


「子供のお前か。 それはさぞ・・・・」




可愛らしかろうな、・・・・いや、ただの小憎たらしいガキか、・・・・いやいや決してそんなことはない今でさえこれほどなのだから、さぞ。
と桂は言いかけたのだが、聡くも察した(らしい) 銀時に思いきりイヤな顔をされてしまう。




「言うな変態。 想像するなこのホ○。 話戻すぞ。
・・・・でよ、そん中での俺はよ、手に鉛筆持って、どっかで見つけた白い広告の裏にな、ガキの汚ねぅ字でそん時に思いつく限りのシアワセの条件を書いてんだ」


「・・・・・・」


「覚えたてのツタナイ言葉と字でよー、エンピツの芯が磨り減って書けなくなるまでガリガリやってた」


「・・・・・・そしてそこで目が覚めた、というわけか」


「ああ。 ただ、その紙に何て書いてたんだかがどーしても思い出せねェ」


夢の中とはいえ、自分で書いていたのに、
考え考えながらでも拙い言葉でも、書いていたのは自分なのに。


「・・・・銀時。 夢とは大概にしてそういったものじゃないのか? 大抵は後にして思い返してみれば不可解で不条理で不思議な内容のものだ」




現に俺だって理路整然とした夢などほとんど見たことがない、と桂は頷く。
と、普段であれば銀時の性格上、何かしら嫌味(と称する言葉遊びに似せた愛の応酬だと桂は勝手に自覚している)
にかこつけた暴言の一つや二つ、彼は平気でぶつけてくるはずで、今回もそうくると予測していたのだが。




「あー、まあフツーはそーだろーなー」


「・・・・・・」




(彼にしては) こちらが驚くほど素直にすんなりと返ってきた返事に、思わず桂は目を丸くした。
そんな自分に、暗い中でよくわからなかったのだけれど銀時は少し笑ったらしい。
ついでとばかり、ごろりと寝転んだままの体勢から、桂と同じく上体だけを起こして枕元に置いてあった飲みかけの水に手を伸ばす。
ごくごくと二口ほど飲んで唇と喉を潤してから、
ぬるい、ってか水だからやっぱ味も何もねェ、おい今度から苺牛乳もしくはピーチネクターでも常備しとけ、
と仮にも成人男子が常飲するには多少なりとも問題があろう甘味飲料を名指しで言い放ったあと、
もう一度身を沈めて仰向けで、天井を見上げる格好。




「けどよ、まあ見ちまったもんは仕方ねェし、で、俺なりに考えてみたんだよ、シアワセってやつの意味を」


「それで?」


「けど、さっぱりわかんねー」


「・・・・・・」




考えれば考えるほど、夢で書いた内容を思い出そうとすればするほど余計わかんなくなってくんだぜ、
ほんとワケわかんねーよな、ヅラお前わかるか、と唐突に問われ、わかるはずもない桂はただ首を横に振る。
すると銀時はもう一度、どこか愉快気に微かに唇を歪め、喩え話だけどよ、とこう続けた。




「例えば、ココにすげぇグルメとすげぇ味オンチがいるとすんだろ」


「美食家と味覚音痴か。 ・・・・それで?」




興味をそそられた桂は、自分も水に手を伸ばしながら先を促す。
これは確かに温い、確かに不味いなと思いつつも嚥下して、ふと視線をやった窓の外はまだまだ暗く、早朝とはいえど夜明けまでは程遠く。
どこか現実味のない、所謂四ツ半時という時間のせいか自ら声にする音にも響きも、
何故だかいつもと何がが違っているような錯覚を覚えるのだが、これまた不思議なことに違和感はそれほどなくて。
ただ意識して、紡がれる言葉だけを追うようにした。
一方、銀時は先程から変わらない体勢をとったまま、ちらりと桂を見遣って先を続ける。




「もちろんグルメな奴はよ、世界中の旨いモンばっか食い歩いてっから、本当に美味な食い物、うめーモンばっか知ってるワケだ」


「それはそうだろうな」


「で、反対に味オンチの方は、元々の味覚がおかしい・・・・っつーか味オンチだからよ、何食っても旨く感じちまうんだよ」


「・・・・・それはそれは」


「一個百円のコンビニパン食っても美味、スーパー大安売りのカップラーメン食っても美味、賞味期限二日オーバーの弁当食ったって美味いと感じちまう」


「・・・・・・」


「そんな味オンチをだな、グルメの方は心底バカにしてんだよ。 そりゃそうだ、世の中にはコンビニメシよりカップ麺より旨いモンは星の数ほどあるし、
世界中の旨いモンばっか食い歩いてきた方からすりゃ、『本当に旨いモンも知らねェで』 ってコトになんだろ」


「・・・・・・」


「食いモンにだって味にだってピンからキリまであるんだからよ、旨いもんばっか沢山食って、舌の肥えてる方が、フツーに見りゃシアワセだよな」


「銀時、」


「まあ聞けヅラ。 ・・・・けどよ、それって、本当に旨いモンを食ったときにしか、シアワセを感じないワケだろ?
それに人間なんざ贅沢で傲慢だからよ、一度旨いモンの味を覚えちまったら、そうそう質は落とせねぇ」


「・・・・・・」


「ってなると、何食っても美味いって感じる味オンチの奴の方がシアワセなんじゃねーのか、シアワセを感じる回数は断然多いんじゃねーのか、って思っちまってな」


「・・・・・・」


「って言っても、それもまあ一概にも言えねーか」


「幸せを計る尺度のようなものは存在しないからな」


「・・・・だろ? んなコト考えてたら余計頭がこんがらがった」




むしろガキの頃の方が、簡単にシアワセの条件を書き出せてたのかもな、 ・・・・夢の通りみたく。
などと呟きざま言い捨て、ごろりと寝返りで横を向き背中を向けてしまった銀時を凝視しながら、
ふと桂は口許に手をあてて十秒ほど、考える。




「・・・・・・・・・・」




そして我ながら、ああ答えにも何にもなっていないな、と自覚しながらも。
所詮 『幸せの条件』 など全て 『理想とその結果』 の齎す後付けの定義だと知っていても。
何故か、・・・・何故だか甘い睦言にも似た理想論を吐きたくなるのは告げたくなるのは、やはり目の前にいるのがこの男だからか。




「銀時」




背中に向けて名前を呼ぶ。




「何だよ」




体勢は変わらず、予測通り声だけが返ってきた。




「世間一般で言う 『幸せの条件』 が何なのかどうなのかは知らんが、とりあえず一つだけ確かなことがあるぞ」


「はぁ?」




勿体つけた自分の物言いに、胡散臭げにこちらを向いてくるのも想像通り予定通り、
同衾した寝具の中、桂はこの上なく愉しげに口許を緩めて。




「少なくとも今、俺もお前も充分に幸せだという自覚もしているし、無論のこと自負もあるが?」




「・・・・・・・・・・・・」




「どうした、返事の一つくらいよこしたらどうだ」




思わず呆れて言葉をなくしてしまった(らしい) 昔ながらの恋人に腕を回してぐいと引き寄せ、








「寝物語にはなかなか興味深い、楽しい話だったぞ」








最後にそう告げて、おやすみ、代わりの短いキスをした。








・・・・・・・・・・・・だがその後、布団の中で銀時がモソモソブツブツ呟いていた、
「テロリストでホ○、しかも変態・・・・、・・・・ヅラ・・・・」
などという科白はきっと気のせい、寝入りばなに聞こえた幻聴だと思うはず、・・・・・・きっとそうだと思い、たい。








しかし自分と違ってテロリストではないにしても、
ここでこうしている時点で銀時だって彼だって、結局は同じ穴の狢、のはずでもあって、
その一点を取り上げただけでも、




たぶん幸せ、
だから幸せ、




大丈夫きっとずっと、 −−−−−シアワセ。
















会話だけで進んでいく、なんていうか・・・・、 『間の文』 の少ないものをやりたかったんですが、どうにもこうにも・・・・(突っ伏し)。
更に更に、うちの作文はどれもみんなダラダラと長いものなので、今回は簡潔にスパッと短くするつもりだったのに、それも出来なく・・・・(涙)。
なんだか全てが中途半端なものになって終わってしまいました。 あああダメだー、こんなんじゃダメだー! と自分を殴っておきますですゲフン。

・・・・ちなみにうちの桂さんがどれだけ変態なのかは、次回以降で判明するかと(苦笑)。
やるさー! ヤる気まんまんさー!(笑)