職場レンアイのススメ





「【職場恋愛のススメ】? どうしたトシ」




休憩がてら一服がてら畳の上、胡坐をかきつつダラダラと本のページを繰っていたら、
突然ひょいと後ろから覗き込まれ、頭の上からそんな声が降ってきた。




「、 ・・・・いや別に」
大して気のないフリをして返事をしながら極力無造作を装い本をパタリと閉じ、半身を捻って土方はその方向を振り向いた。
とりあえず振り向く前から、声の主は言わずともわかりきっている。
自分のことをトシ、そう日常的恒常的に呼んでいるのは呼べるのは(むしろ呼ばせて良いと思っているのは) 昔から唯一ただ一人だけだ。
「置いてあったんで暇潰しに眺めてたただけだ」
だからそうそう真剣に読んでたワケじゃねーよ、と言外にそれとなく匂わせておく返答だが、実際はウソ八百である。
出勤前、ふらりと立ち寄った本屋で不意に目に付き思わず、
そして恥ずかしげもなく(鬼の副長ともあろう者が今から思えば大した度胸だ) 買ってしまった。
そんな土方のウソ八百を、元々他人の言を疑うことをほとんどしない唯一の直接の上司、
近藤は今回もやはり真正面真っ正直に信じたらしい。
普段と同じくガハハと笑い、
「そうだな、お前がそんなモン読むハズがない」
かと言って総悟ってコトはもっと無い、となると山崎あたりだな、アイツも全くスキモノだ、 ・・・・などと勝手に解釈、自己完結。
「・・・・・・・・」




いつもながら本当にこの男は相変わらず単純で判り易い。
そして他人事ながら余計なことながら判ってもいながら土方が思うに、あえて言わせてもらうなら、




・人が良すぎる。(良すぎてアホに見える)
・基本的に他人を信じすぎる。(バカにしか見えないほどだ)
・他人を受け入れる度量が広すぎる。(・・・・・・)




上記三点、通常考えるのであれば三点全てはほぼ大抵、長所に転ぶ項目のはずなのだ。
だが不器用過ぎるのか正直すぎるのか、それとも本当にバカなのかアホなのか(・・・・)、
長所に転ぶハズの特性は全て周り回って空回りでオーバーヒート、
あまり主立たず役立たないまま大抵の場合、万人に知られる前に地味に収束してしまい、日の目を見ることはほとんどなく。




かと言って世間の誰もがそうだと言うわけでは勿論、ない。
少し踏み込んで同じ時間を共有すればこれまた大抵の場合、
大なり小なり彼の、 ・・・・近藤の人柄に惚れ込み慕う輩は土方が知る限りでもわらわらと存在していて、
ぶっちゃけ真選組などほぼ十割の隊員が近藤のシンパである、と言い切っても過言ではなく。
あるイミ、
惚れ込んだ奴等に、心酔する奴等共に今まで一度も掘られなかったのが不思議なくらいだと土方などは思う。
まあ、これで外見外面見た目容貌が白皙の美青年もしくは美丈夫などであったりしたら、なかなかそうも行かなかったのだろうけれど、
見た目ゴリラ、であるがゆえの救い、
全く世界というのはバランス良く出来ている。
が、
土方としては個人的には、近藤の元はそれほど悪い訳ではないと逆に思うのだ。
むしろ道行くモブ(・・・・) の野郎共に比べれば余程、余程恵まれている姿形をしているはずだとも思っている。
実際、贔屓目だということを差し引いてもプラスかマイナスかと言われれば、間違いなくプラスに傾くはずの見た目をした人間であるし。
・・・・・・なのに、であるはずにも関わらず付いた渾名が 『ゴリラ』 、付随するものは 『ムサイ』 だの 『濃ゆい』 だの 『暑苦しい』 だの、
聞いているこちらが噴飯モノの形容詞ばかりなのだが、
その出所、大半の責任はやはり当の本人、当の近藤の立ち振る舞いに起因してしまっているあたり、手に負えない。
もう少しもう幾らかでも直せばいーんじゃねーのか、と面と向かって言ってやりたい局面もそれこそ、昔から数え切れないほどあるにはあったけれど、
今に至るにして別段、これ以上わざわざ恋敵を増やすこともねェか、と土方は心を決めている。
近藤本人はさっぱり気づいていないようだが、ただでさえも競争率の高く激しい真選組内、
昔からの付き合いの長さと、自分の副長としての立場を最大限フル活用した結果、
他の奴等より一歩抜きん出て近藤に近い位置に立っている自覚と自意識はあるものの、いつだってどんなときだって油断は禁物だ。
だからどれだけ沖田が副長の座を狙っていようと狙われようと、譲る気は一切合財、無くて。




「・・・・・・・・」




妙な間合いの黙考から意識を戻し、
「職場恋愛、ねェ。 オイ近藤さん」
「何だ?」
「参考までに、アンタはどう思う?」
新しい一本に火をつけながら、決してわざとらしくならないよう留意して、話を振る。
自分が四の五の考えていた間に、気づけば近藤は回り込んで正面の木製の丸テーブル越し、
どっかりと座り込み土方と向かい合うかたちで腰を降ろし、自分の湯呑みに出涸らしの茶をドボドボ注ぎながら。
「モロチン・・・・じゃなくてモチロン俺は賛成派だぞトシ。 その方が仕事にも張り合いが出て、いろいろやる気になる」
「・・・・。 改めてアンタが全くモテない理由がわかった。 普通言い間違えねーだろその二つは」
あえて作る、表向きだけは呆れ果てている口調。
けれど近藤と交わすこういうクダラナイ会話が土方はとてもとてもラクで、何よりも気に入っていた。
構えなくて済む。 飾らなくて済む。 ただそれだけの、なんと安逸で安楽なことか。
「そういうお前はどうなんだ。 って言ってもこの男所帯じゃどうすることも出来んか」
「・・・・まあな」
ワハハと笑う近藤に、曖昧に頷く。
そうだ。
だからこんな本、本当は読むだけ無駄だ。
捨てちまうか、と視線を部屋の片隅の屑入に定めたところ、
「ん? そういえばトシには昔っからとんと浮いた話がないだろう。 随分と長い付き合いになるが、聞いたことがない」
「・・・・・・、」




そんなふうに聞かれて、どう返答しようかと考える。
女なんていくらでもいる。
警察官の服を脱いで少し知った道を歩けば通りに入れば即座に声はかかる。
限度はあるにしろ選り好みさえ相応には出来る程度になってはいるが、
女と居ること、上辺だけでも会話をすること、自分の時間を割かれること、土方はその全てが面倒くさい。
別に柔肌なんざ求めちゃいない。 性欲処理ならそれこそ一人で出来る。
必要としていないのだ。 だから必然性がわからない。 必要で必然なのは目の前の近藤、たった一人でいい。
答えなんてとうに出てはいるのだけれど。




「・・・・・・」
まさか本音そのまま、「アンタが居るから別にいい」 などとは言うわけにも行かないし。
「・・・・・・」
しばらく黙っていると、近藤は別の意味で受け取ったようだ。
「なんだなんだ、さてはトシ、理想が高すぎるんじゃないのか? それとも目付きの悪さに誰も近寄って来んとか。 うむ大いに有り得る」
「黙れゴリラ」
真面目くさってからかわれ、即答言い返す。
「ゴリ・・・・」
酷いといえば酷い土方の反撃に、一瞬近藤は言葉を切ったのだが。
またすぐ大口を開け、からからと天を仰いで笑って。




「まあ、トシだから許そう」




自分だから、と潜在的な優越意識をくすぐられるトドメの一言。




「、な・・・」








―――――― 女の紅い朱いふっくらした口唇よりも、
―――――― 目の前の豪快によく笑ってよく動く、がさつな口に欲情する。








―――――― そんな自分はどこかおかしいか。









「ったく、・・・・」
まさか土方がそんな意味で頭を抱えそうになっていることに、当然にして鈍さには人一倍定評のある近藤は微塵も気づかない。
惚れている。 自分はこの男に文句無しに惚れている。 いつからかなんてとうに忘れた。 自覚した途端に後の祭りだった。
「なあ局長」
「何だトシ」
取り立てて意味もなし、珍しくも役職名で呼びかけてみるが、彼は訝しく思う素振りの欠片も見せやしない。
それにしてもこの男はは事あるごとに本当に自分の名を多く呼ぶ。
それはすでに昔からの染み付いた目立たないクセのようなもので、
だがしかし目立たない些細なことで事実であるけれど、表向き堂々と自分のことをそう呼んでも構わないと黙認しているのは、
土方が許しているのは近藤だけだ。
「・・・・・・」
黙ったまま、指に挟んだ煙草から宙にゆらゆら昇る紫煙を目だけで追う。
「トシ?」
ほらまた呼んだ。
そりゃあ呼びたくもなるだろう。
そもそも最初に呼びかけたのは自分からで、なのに返事をした途端に黙りこくられたのでは近藤だって何が何だかわかるまい。
クエスチョンマークを頭の上に幾つも浮かべて自分を凝視する近藤の視線をしっかり受け止めながら、ふっと小さく息を吐く。




『さっきアンタ賛成っつったよな。 ・・・だったら』




たださりげないフリをして。
ただ煙草を吸う仕種のまま。




『試してみるか』




「・・・・トシ?」




ほらまたまた呼んできた。
当たり前だ。 何故って声にしていない。 音にしてない。 ただ目でそう云いかけてみただけだ。
だから気づかれるはずはない。 気取られ悟られる心配も、何もかも不要だ。
こんな時こんな場合、近藤の間懈いところ、疎いところはプラスに働く。 要の近藤本人にとっても、 ・・・・土方にさえも。




「・・・・。 なんでもねーよ」




灰となってほぼ崩れ落ち、随分と短くなった煙草。
灰皿に押し付けるその前に、最後に深く深く一吸い。
「トシ? 腹でも痛いのか? だったら早いとこトイレに行け、我慢は体に良くないぞ」
そんなワケねーだろ、と腹の底から言ってやりたい。
「・・・・・・」
でもまあ、あながち間違ってもいないと言えば間違ってはいないか。 確かに我慢は良くない。 物凄く良くない。
「・・・・・・」
深く吸い溜めた煙。
そうしてすっくと立ち上がり 「お?」 などと悠長に自分を眺めている彼の首元、スカーフをグイと掴んで引き寄せて。
「んなワケねーだろーが、 ・・・・近藤さんよォ」
接近する顔と顔。 互いの距離は一センチ足らずで近い。 逆に些か近すぎる。
なのに。
たかが一センチ、されど一センチ。
今の自分に取ってこの一センチは遠すぎる。 かと言って諦める気など毛頭ないけれど。
「・・・・鈍いのもいい加減にしとけ」
「あ?」
至近距離、低く呟き唸りかけると同時、
溜めていた吐息混じりの大量の煙をふうっと思い切り。 正面から吹きかけてやる。
不意を突かれた近藤は、それこそ思いきり吸い込んでしまったようだ。
「なッ・・・! ゴホホォ!! ゴホゲホッ、何すんのトシィィィ!!?」
一人騒がしく咽返る。
「咳き込み方も見事にゴリラかよ。 こいつァ救われねェな」
「誰がゴリラだゴホッ、ゲホゲフッ!! ゲホホォ!!」
「まんまゴリラじゃねーか」
言ってやりながら小さく笑う。 煙に巻く、とは正にこのことだ。




近くて遠い一センチ。
上司との距離を測り取るのは、きっとどの職場でもなかなか難しい。








職場レンアイのススメ。
惚れた相手(と書いてゴリラと読む) のがさつな口まであと一センチ。












―――――――― その口許に、違わず欲情したこの身体をどうしてくれる。












土 方 さ ん が キ モ チ ワ ル イ ヒ ト に な っ た 。 ( 土 下 座 ) 
土近のこの場合、まだ何一つ行われてません(笑)。 局長、まっさら(爆笑)。 純潔リリィでござります。 未遂っていうより土近っていうより土→近。
ついでに、ブラウザ上でしか出来ない文字の色変えをやってみたんですが・・・・。 これって反則ですよね(汗)。 ごめなさ。
近藤さん受けの場合、本人の知らないところで醜い奪い合いの争い(笑)が繰り広げられてたらいい。
みんなに愛されて狙われる局長が物凄くイイ・・・・! (←しっかりして!)