[ シアワセの定義 ]





情事の後、互いに着替えやら体力回復をはかるやらその他諸々の時間は、
いつも何故だか少しばかりの不自然さを否めない。
そう銀時が気付いたのは、もう随分と前のことだ。




「ヅラ」
色濃く行為の跡を残し、寝乱れた布団に突っ伏したままボソッと名前を呼ぶ。
が、銀時に背を向け上着羽織に袖を通している最中の桂は振り向かない。
声が届いていないのか、
聞こえなかったのか。
それとも。




「おいヅラ」
もう一度、呼んでみた。 一度目と声のトーンも大きさも変えず。
すると今度は、
「何だ銀時?」
逸早く振り向き、身体ごと自分に向き直る反応。




そこそこ長い腐れ縁になるが、銀時は桂のこういうところが未だよく分からない。




一度目の呼び掛けは本当に届かなかったのか(けれどこんな狭い六畳間の中)、
果たして本当に聞こえていなかったのか(そんなワケ)、
それとも本当に聞いていなかったのか。(ねーだろと思う)




「銀時?」




「・・・・・・・・・・・・」




黙ってじと・・・・と下からその顔を見上げていると、奴は訝しく思ったらしい。
「何だ? どうした?」
心持ち首を傾げ、重ねて尋ねてくるのだが。
「・・・・・・・・・・・・」
返す言葉など、特に無かった。
「銀時? 先に俺を呼んだのはお前だろう」
「・・・・ああ」
確かに先に呼びかけたのは自分だが、今になって話すことなど取り立ててありゃしない。
そもそも本日の、今回の情事に到る顛末だって、




「結婚しよう銀時」 (←耳タコにも程がある)
「帰れ」
「それなら同棲でも構わん銀時」
「帰れ」
「銀時ィィィィ!!!!」
「ギャアアアアいきなりがぶり寄って来んなクソヅラァァァァ!!!!」




―――――― で、がばちょと押し倒されて始まったのだ。




如いて出てきそうな言葉にしたって、罵詈雑言・悪言・罵倒の類いくらいで。
しかし今更つらつらまくし立てるのも面倒くさい。
と言うか例え実行したところで、単にせいぜい気力体力精神力を浪費する程度にしかならず、
半ば諦めの入った思考から派生した言葉は台詞は結局、
「・・・・もーすぐ妙んトコから神楽が戻って来んだよ。 その前にサッサと帰れよコラ」
こちらも耳タコ・・・・いや、口タコか。
毎回毎回その都度その都度言っている、お決まりのものになってしまう。
さすがに自分でも、「あー毎度毎度同じコト言ってるわ俺、ジーサンみてー」
と厭世的な気分になりかけるほどで。
だからその分、その言葉自体には大した重きも、重みも置いているわけではなく、
ただの決まり文句だったのだが。




少し向こうの畳の上、立ったまま銀時を見つめていた桂は、
ほんの少し、ごく僅か眉を寄せて。




「・・・・そんなに俺が邪魔か、銀時」




抑揚はない。 言葉自体、台詞自体はどちらかといえば淡々、
心持ち寄せられた眉根以外はほぼ無表情のまま、
銀時がたぶん初めて聞く響き、
初めてここまで卑屈めいた問いかけで返事をしてきた。




「、」




正直、ほんの一瞬だけ虚を突かれる。
が、




「はァ?」




決してそんな素振りは見せず、おくびにも出さず、
思いきり大きなリアクションでイヤなカオをする。 呆れたカオをする。 そんな表情をつくる。
「邪魔も何もオメーが勝手にいつものごとく押しかけて来やがったんだろーがよ」
アァ? とどこまでも強気に出てやると、すると桂は、
「・・・・・・・・・・・・そうか。 そうだったな、すまん」
ふっと視線を落とし、口先だけで、そんな返事をする。 見え見えだ。
「オイ」
ヅラ、と三たび呼びかける。
なのに桂は勝手に無視、勝手に先を続け、
「そうだな、悪かった銀時。 俺は早々に引き揚げよう」
「オイ、」
「今日は突然すまなかった。 ・・・・また、連絡する」
「オイ、話聞け」
銀時が遮ろうとするもそうやって先を続けた挙げ句、
「それでは失礼するぞ銀時。 また甘いものばかり食って糖尿を悪化させるなよ」
勝手に言い捨ててくるりと背を向け、そのまま出て行こうとしたところで、




「ヒトの話を聞けっつってんだろーがァ!!!!」




こらえきれず、キレた。




普段なら枕でも顔面に投げ付けてやっていたところを、
それもせずただ純粋に本気で怒鳴った。




「銀、」




その剣幕に、息をのんで桂は再びこちらに向き直る。




「ざけんなコラァ! 陰湿でネチこいのもいい加減にしやがれクソヅラ!」




ビリビリと障子に響くほどの声量。
ここまで大声でしかも腹の底からの苛付きが原因で怒鳴り散らすのは初めてかもしれず、
だからと言って今更フィードバックも当然にして出来ず。
しかし当のヅラは、銀時の怒りの理由がわからないらしい。
「銀時、何を怒っている・・・・?」
「わかんねーのか!?」
その理由というより、怒鳴られたことに驚いているようで、それがまた腹が立つ。
馬鹿なのか。 疎いのか。 鈍いのか。
機微に散漫なのか、無関心なのか、無頓着なのか、




―――――― ただの馬鹿野郎か。




「・・・・ホントにわかんねーのかテメーは」
出た結論に相乗効果で腹ただしさを覚え、ギリッと更なる怒気を孕んで睨み付けてやれば、
桂は黙ったまま、心底困った表情になった。 自業自得だ。




「・・・・・・・・・・・・」




「・・・・・・・・・・・・」




沈黙。
沈黙自体は、所在のないだんまりはどこも何も痛くない。 大したことじゃない。
ただこの場の空気と、
ずっと睨み続けている目が乾いて不快感を感じる程度だ。 それだけだ。
それだけのはずだ。 桂にとっても。
けれど。




「・・・・・・・・すまん」
奴なりの処世術なのか、桂は先に謝ってきた。 
そうして、ポツリと本音らしきものまで。
「お前のところへ帰れるリーダーと、帰ってくる相手が居るお前に少し嫉妬した」
「・・・・なんだそりゃ」
怒勢を削がれる形になり、銀時は声のトーンを通常のものまで落とす。
「すまん」
重ねて謝るヅラ。
怒勢どころか、気勢まで削がれて。
「オメーにだって、支持して付いてきてる奴等はいるだろ」
そうじゃなきゃテロなんか企めねェだろうよ、と告げれば、
「・・・・それは、俺から期待するだけのものをまだ得ていないために、ただ付いて来ている者たちのことか」
これまた捩くれ捻くれた答え。
「オイ」
咎めようとした銀時を、また桂はポツリと。
「俺はな、ただお前と幸せになりたいだけだ」
「・・・・・・・・・あの、なァ・・・・」
あまりに正直で、あまりに子供じみていて、あまりに愚直な台詞にどっと疲れを覚え、
タメイキ以外他に何も出て来ない。
それでも、
それでも無理矢理言葉を繋ぐ。




「・・・・シアワセなんざ、どこにだって転がってるだろーが」




「どこにだって転がっている程度のモノを、幸せと言うのかお前は」




「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」




















噛み合わない。
互いに願うばかり、逸らすばかりで本当はどちらにも、何処にも届かない。 届くはずもない。




















「・・・・・・悪い。 今のはなかったことにしてくれ」




桂から向けられたのは割り切ったような、小さな微笑。
そうして銀時は次に投げ付ける言葉を決める。




「―――――― れ」




「銀時?」












「やっぱテメー、帰れ」












先程とは程遠く程違う、穏やかな声で背中を押してやり、
ばふっとうつ伏せのまま枕に顔を押し付ける。









十数秒後、当たり前に息苦しくなって呼吸のため顔ごと視線をあげると、
音もなく立ち去った桂の姿はそこにはなく、








誰もいなくなったその空間に、銀時は思いきり枕を投げ付けた。
僅かな手元のブレ。
障子に当たるはずのそれは、
すぐ脇の壁に当たってボトリと捩じれて落ち、それからピクリとも動かない。








理由はない。
それでもとりあえず次に会ったら有無を言わさず殴り飛ばしてやろうと心に決めた。
















・・・・・・次は、いつだ。









こんなスッキリハッキリしないヅラ銀を書いたのは初めてです。
たぶん、二人揃って生理中だったんだろうなと思ってください(笑)