[ ・・・・、だったときもあった ]










奴が独断で突っ走るにあたり、その兆候、というか、
単独で微妙に不安定になる兆しは、きっとその前からあったのだ。








たぶん例の地愚蔵(!) の件、それが何よりの先触れでもあったのに。
気付かなかったのは自分のミスかそれとも単にあのガキの無法っぷりが凌駕していただけなのか、
そこのところは定かではなかったけれど。















真夏!真っ最中、常夏真っ只中の真選組屯所内、




「暑ィ・・・・」




空はどんより、やたら気温だけが高いこんな日の午後。
霧にも似た雨が降り出しそうでもあるのになかなか落ちて来ない、
しかし大気中の湿度は数字を知るのが嫌になるほど高く身体がべたつく。
こりゃ暑ィだけじゃねェ不快指数もやたら高けーし勘弁してくれオイ、無駄に喉も渇いて仕方ねェぞ、
と舌打ちをしながら、これまた輪をかけて暑い給湯室の扉をバタンと開ければ。




「あ。」




決して広くはない、むしろ狭い給湯室内、先客であり咄嗟に振り向いたのは誰でもない、沖田で。




「こんなトコロに副長サンが何の用ですかィ」




妙にトゲのある突然の口調と言い草に、




「・・・・俺がココに来ちゃいけねー理由はねェだろうが」




内心、ほんの僅かうろたえながらもあくまで表情には出さず、
そして彼がパッと袖の中にかくした小袋の存在も、土方は見逃さない。
「オイ、何隠した」
見せろ、と半ば強制的に腕を取り、珍しくも大して抵抗の意を見せない沖田の袖口から、
奪い取った透明な小さいビニール袋には、白い粉末が。
更に、今の今まで気が付かずにいたのだが、沖田の真ん前、コンロの脇には見慣れた陶器の。
「なんだコレ。 ・・・・って、俺の湯呑みじゃねーか!!」
「あぁ。 バレちまいやした? そっちじゃなくて、こっち隠せばよかったぜィ」
ふー失敗失敗、とどこまでも軽く息をつく沖田の一方で、
どう見ても自分相手に何某か悪意ある(?) 悪戯を仕掛けようとしていたのを眼前に認めてしまった当の土方は、平穏ではいられない。
「で、繰り返すが答えろ総悟。 こりゃ一体何だ」
パッと手を伸ばしてマイ湯呑みをささっとキープ、さささっと戸棚の定位置にしっかり自ら戻した後、
改めて正面から手の中の白い粉を沖田に付き付け、返事を促せば。
諦めたのか観念したのか、
ふうう、と少々長めの溜息を彼は吐いたあと。


「化学式 KCN のシアン化アルカリ化合物で、カリウムイオンとシアン化物イオンとで出来たイオン結晶でシアン化物イオン中の炭素と窒素は三重結合を形成してる白色の粉末状結晶、潮解性有りの水に易溶する物質でさァ」


どこまでもすらすらとまるで暗記文をそらんじているかの如く流暢に、
しかしこの上ない無表情っぷりを保ちつつ、一息のもと返答してきたが、
そんな答えを返されたって、土方が即座にわかるはずもなく。
「わかるように言え、コラ」
僅か声を低く、今度は凄んで強制したところ、
あくまで沖田はあっけらかんと。




「簡単に言えば、青酸カリってやつで」




「本気で俺を殺す気かァァァァ!!!!」




思わず、
思わず奪い取った小袋を取り返されないよう、
咄嗟に即座に条件反射、脊髄反射レベルの速さで懐の奥底にしまい込んだ行動は、
誰にも責められはしないと思う。
「総悟てめェ・・・・!!」
こんなシロモノ一体どこで手に入れやがった、
冗談(・・・・なのか?) にも跳ねっ返り(??) にもイタズラ(で済むのか???) にも程ってモンがあるだろーがてめェはァァァァ、と泡を食って説教モード、
むしろ本気で指導、真面目に青くなったり赤くなったりを繰り返す土方の前、




「・・・・冗談に決まってるでしょーが。 そりゃただの下剤でさァ」




そんなんでやたら大騒ぎしやがって小せェ男だぜィ、
と吐き捨てた沖田は、土方が見ても急に、急激に改まって不機嫌になった。




「総悟・・・・?」




その口調と表情に、訝しいものを感じ取って、そこで土方は思い当たる。
そう、思い返せば沖田は、かなり前から恒常的に不機嫌だったのだ。
仕組まれたあの地愚蔵事件(・・・・) の頃を皮切りに、
つい先日の万事屋の面々までを巻き込んだ 六角屋/創界党事件の収束、
あの頃まで。
否、今も継続している。
「・・・・・・・・」
「何ですかィ」
傍目には、突然言葉を失ったかのように見えたらしく、
沖田が上目遣い、訊いてきたけれど手立て無し仕方無し、
小さくて悪かったな、と表向きはさらりと流すフリをして、その赤みかがった茶色い瞳から土方は視線を逸らした。
「・・・・・・・・」
言うべきか、それとも黙っているべきか。
「・・・・・・・・」
土方の次の科白を待つように、沖田は珍しくも黙ってこちらを見ている。




「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」




「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」




沈黙に、
先に根負けしたのは無論のこと土方の方、だった。




「てめー、最近どうした」
「・・・・何がですかィ」
ストレートな問いに、当然の疑問符が先程と同じフレーズで繰り返される。
と同時、土方も沖田同様、後追いだが不機嫌と称される感情レベルに突入した。
ただでさえ暑くて湿気の溜まる給湯室、不快指数まで相まって上昇。
しながらも自分では気づいていないフリを通しつつ、
仕方がないから質問を変える。 矛先は変えず、問いかけのみを変更する。
「そういや、この前、撃たれた左脚はもう治ったのか」
「あんなん、怪我のうちにも入らねーです」
「・・・・オイ」
「唾付けときゃ翌週には治りまさァ。 大体アレからどんだけ時間が経ってると思ってんです」
「・・・・・・・・オイ」
返答、それ自体の意味はきちんと理解した。 が、
だからといって怪我のうちにも入らないということは無い。 絶対無い。
強がってもいるのだろうと思う。 けれど至近距離から見事に太腿を直撃していたアレは、
普通に見ても相応に酷い傷でもあったのだ。 
まして軸足、とはいえほぼ貫通状態であった故まだよかったものの、
下手をすれば動脈ドパァー!(!) 的悲劇的重傷(!) にだってなりかねず。
そして何より土方が言外にいってやりたいのは、
「治る治らねェの問題じゃねーだろ」
「そーゆー問題でしょーに。 ・・・・それ以外に何が?」
「・・・・てめェ」
可愛くなさすぎる答えに、不機嫌度、更に上がる。
何故ここまで自分に対し、捻くれる必要があるのか本当に判らない。
関係は何も変わっちゃいない。
何か誰かが介入してくるような事件だって起きちゃいないし、
思い当たるようなことは何もない。
なのに、
なのに、何故。
「そうじゃねーだろーが」
不機嫌レベル、更に更に上昇。
天井知らずの上向き度合いに歯軋りがしたくなる。
そんな土方の内情に感付いたのかそれとも違うのか、
眼前の沖田は暑ィ暑ィここらで一発ドカンと夕立でも来りゃ涼しくなるのになー、
などと全く関係ない科白を紡ぎながら、一瞬、目を逸らした。
逸らしながら、




「・・・・うんざりだ」




ただ一言。




「総悟?」




「鈍感を装って、他人の領域にズイズイ入ってこようとするアンタにはもううんざりです」




合わせるかのように、外では雨粒が落ち始めた。




「アンタは俺に固執し過ぎるんですよ、だか」
「てめェ何言ってんだ」
だから、と続けようとする言葉尻を先手を打って奪い取り、
半ば胸倉を掴み上げかねない勢いで、たださえ相向かった至近距離を更に詰め、
力ずくで無理矢理上向かせて視線を捕らえれば。




「・・・・・・アンタが万事屋の旦那だったらカンタンだったのに」




「・・・・・・あ?」




「あのヒトくらい、実は他人に無関心なくらいがちょうどイイ」




知ってましたかィ土方さん、
来るものは拒まず去る者は追わず、
他人のために動く時だってそいつのためじゃねェ、
どこまでも自分の意思と意地と我意とだけに正直に動く、
それっくらい自己中で己の道をいくあのヒト、




「万事屋の旦那に乗り換えようかなーって、思ったことも一度や二度じゃねェです」




「オイ、ちょっと待て総悟、」




何故にココでこんなところで突然も突然、あいつの名前が出て来るんだ。




「けど、あのヒトに迷惑かけちまうワケにもいかねーし」




ていうか何を言ってるんだコイツは。 堂々と浮気願望、二股宣言か。
なのに何故にそんなカオでそんな表情で告げてくるんだ。
こんな台詞、そんな痛い表情でか細い声で言うものじゃない。
何故に普段どうでもイイようなことに限ってしらばっくれる所作は得意でも、
今みたいな時だけ、何故愚直なまでにとことん下手糞なんだ。




そして何故、
自分までも愚鈍なまでに次の言葉が出ず、
ただその大きな瞳を見据えることぐらいしか出来ないんだ。




何故。




「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」




「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」




雨の音に混じり、遠雷まで届きはじめた。
不快なその音を切っ掛けに、
遮二無二喉の奥から搾り出した土方の本意、本旨は。




「・・・・俺ァ、他には誰もいねーぞ」




失う準備なんざ出来ちゃいない。
他のヤツに渡す備えも構えも出来る訳がない。




「総悟、」




「、」




反射的に見返された赤茶色の瞳。




本能がアラートを出す。




「てめェは俺のコト好きすぎだ」




迷える子供に、彷徨える大人はハッキリ言う。 言ってやる。
でないと多分いつまで経っても分からない。 判らせてやれない。
でもまあ即座に否定されると思った。 そう予測しつつも、ズバッと告げてみた。
そうしたら。








「・・・・・たぶん、好きだった時もありましたぜ」








「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ?」








ストップモーション。 思わず土方は凍り付く。
まさかの肯定。
ありえない。




だが、ありえない肯定は、
やはりどこまでもありえなさを持って、更にレベルを上げる。








「けど、どんなにアイシテルって言ったってアンタは疑うじゃねーですか」








うッ。




土方はよろめく。
なんだこの展開。
この突然の、思いきりのデレっぷりは一体何なんだ。




「お・・・・お前の日頃の俺に対する態度と行動を見てたら誰しもそう思うに決まってんだろうが」




「当の本人がそう思っちまうコトがダメなんでさァ。 甲斐性無し」




駄目出しをされたうえ、罵倒されたが言葉に中身はたいして伴っていない。
よろめきつつ、それでも一応は気付いた。 気付けた。
これはアレだ、ただ単に拗ねていただけだ。
かまってもらえなかった子供が癇癪を起こしたようなものだ。
そう思えばほぼ辻褄が合う。 合ってしまう。
煙草を求め宇宙に行ったり(そこそこ長い休暇でもあったし)
歯医者に行ったり(そういやここで銀時と遭遇した。 もしや山崎あたりがそれを通牒したのか)
ハナクソが近藤な夢を見たり(・・・・・・)、
ある意味しばらく放置(しようと思ってしたわけでは無論ないのだが) してしまった挙句、




退屈を持て余して起こした地愚蔵の件 → 苛々して突っ走った創界党事件 → 我儘横暴無軌道フラグ成立 → そのまま夏突入 → 本日に至る




なんてベタすぎるパターンだ。




そしてそして記憶を奮い返してみれば、更に完璧的ベタの黄金パターン(?) として、
最後にSexしたのはいつのことだったか。




至近距離、改めて幼い頃から見慣れたそのカオを見る。
まさに文句の一つのつけようもないほど、無駄にやたらカワイク育ち過ぎていて、
そのくせ相当、最高の捻くれっぷり。 捩じれっぷり。
誰だ、こんなふうにこのバカを育てたのは。 ・・・・俺だ。 紛れも無いこの自分だ。




「総悟」




しつこいほどその名前を呼べば、
見つめ返してくるその気の強そうな瞳はしっかり自分を捉えていたから、
土方はアラートの鳴り響く本能の赴くまま、




「・・・・・・・・わかった疑わねェ。 だからてめーは今から黙っとけ」




こんな暑い中、キスをした。




キスをしたら、劇的にその次もしたくなった。




最後に噛まれた。
血が出るほどではなかったが、少しの痛みは走った。
いわゆる甘噛みと本噛みのちょうど中間。
しいて言うなら、僅か本噛みに寄った感も否めなく。
だから、
負けじといろんなトコに噛み付き返してやるよこのクソガキ、と心に決め、
唇が離れても黙ったままの沖田に。




「部屋行くぞ。 あん時の左脚の傷、一応見せてみろ」




とてもとても判りやすい、シタゴコロで塗り固めた命令形。
結果からみれば、とても判りやすい欲求不満を持て余し四の五のごねていただけの沖田と、
ずるずる引き摺られ、顛末は宥めてSexに持ち込む形になってしまう土方。
自分でもわかっている。
沖田だって勿論のことわかっているはずだ。
情操と性欲。 
結局はそれで落ち着いてしまう、情けなく弱い自分たち。






































とりあえず アソコと あのへんと そこかしこ。


噛み付き返してやると土方がこっそり思い定めた身体の幾つかの箇所。
いくつかは意趣返し成功、うまくいったのだが。
調子に乗り過ぎ、3ヶ所目に噛り付いてしっかり堪能したその直後、
あまりのしつこさにぶち切れた沖田に本気で蹴り飛ばされ、
危うく素っ裸で襖を破って廊下の向こうに放り出されそうになりかけたことは、
ここだけの話にしておく。





暗い話、
やさぐれて病んでる総悟たんを書きたかったのです。 でも出来なかった(号泣して逃げる)。
結局はラブって終わるワンパターン。
しかもラブすぎだろ・・・・(涙)