てほどき (前編)





「チョーダイ」




歌舞伎町のあたりをだらだらと歩いていたら、
突如下からそんな一言とくるくる天然白髪パーマと、やる気のない目が土方を見上げてきた。




「うおッ!!」
驚いたとはいえ、真選組副長ともあろう者が慌てて一歩飛び退くという、些か情けないリアクションを取ってしまったことを後悔する余裕もなく、
ハッと別の事実に気付いてみれば此処は某万事屋の真正面。
見上げてそんな声をかけてきた当人、坂田銀時との遭遇もそれほど低い確率ではなく頷ける。
「・・・・なんだテメーは」
一瞬跳ね上がった動悸を無理矢理鎮め、ほぼ無意識に煙草に火を付けつつ睨み付ける。
すると銀時は最初から全く変わらない態勢、(地面にヤンキー座り、いやそれともウ○コ座りと言った方が正しいか) のまま、
「チョーダイ」
「あ?」
訳がわからずにいる土方に先程の言葉をもう一度繰り返し、そしてニヤリと笑った。
「いくら何でも 『トリック オア トリート』 くらい聞いたコトくらいあんだろ?」
「・・・・・・・・」
そう言えば今日は今朝から山崎がずっと浮かれ回っていたような気もする。 近藤まで便乗して(カボチャのコスプレで) 騒いでもいた。
沖田にはあまつさえ 「ハッピーハロウィン!」 と巨大カボチャを背後から後頭部を狙ってぶん投げられ、命を狙われた。
「・・・・まあな」
言われるまでもない。 聞かれるまでもない。
自分には無関係だが全くその気はなくて100%どうでもいい事柄なのだが、知識としては知っている。 世事としてもわかっている。
本日は10月末日、 世間が認めるハロウィンというやつである。




















そして誘われるまま(?) 引き込まれるまま(?) 引っ張り込まれるまま(?)、
何らかの意図が働いているのではないかと思うほどあっさりすんなり万事屋に上がり込むまでに要した時間は先程銜えた煙草半分ほどで。
さりげなく見渡したところ、チャイナ娘と眼鏡少年の姿も気配も感じなかった。 当たり前か。 居るのであれば最初から上がらせなどしない。
「・・・・・・・・」
それにしても相変わらず妙に生活臭の漂う場所だ。 曲がりなりにも事務所内であるはずなのに、其処此処にジャンプが積み上げられているし、
机の上には酢昆布の空き箱やらが放り出されっぱなしになっている。
「・・・・・・・・」
だがまあ真選組屯所も大して変わりねーか、とそれ以上の追求をやめにして、くたびれた椅子に腰を降ろせば。
すぐ脇に銀時は腰かけて、
「つーワケで、菓子チョーダイ菓子。 何か持ってねーの? 休みなんだろ今日?」
「持ってるワケねェだろうが。 第一なんで休みだって知・・・・」
さも当然、とばかりに休みだと決めてかかられ(事実実際休みだが) 逆に聞き返そうとした途端に逸早く自ら気付いた。
今日の自分は真選組制服ではなく普段の私服であって、まあわかる人間からすれば一目瞭然か。
その 『わかる人間』 にコイツがこの男がいつの間にか入ってしまっているあたりが問題といえば問題で、
・・・・そして根本的な問題はかなりもっと他の場所にもあったりするのだが。
はあ、と土方が軽い溜め息をつくと銀時はいつもの間延びした間(・・・・) を置いて、小さく鼻を鳴らした。
「菓子くれねーならイタズラするよイタズラしちゃうよ? 真選組サン屯所に毎日ピンポンダッシュ仕掛けるよ? 冷やかし通報も毎日するよ?」
どっかの誰かさんと違ってヒマならけっこうあるんだからさァ、と続ける銀時。
「そりゃイタズラじゃなく嫌がらせだろうが!」
「そお?」
たまらずがなると、奴はにまにま笑う。
万一本当にやらかしたら即現逮だ、と唸っておいて、此処に来てから二本目の煙草をふかした。
「えーだって親方日の丸で稼いでんだろ? 多串くんの手取りの中に俺に納めた税金も入ってんでしょ? この税金ドロボーが。
たまには市民に還元しなさいよ善良な一般市民に」
「オイコラ待て。 俺も税金は引かれてんだ。 ついでにテメーが善良な一般市民にはとても見えねェな」
善良であるかどうか疑わしい。 そもそも一般市民でさえ多分ない。
全国指名手配の某ロン毛のテロリストと横の繋がりがある(らしい) 一般市民などいるものか。
(・・・・・・・・)
突き詰めるとそれこそ自分の仕事に係わり合いが深すぎて、
これまた面倒くさくややこしい事に陥る破目になるため、深くは考えない方がいい。 本日は休みなのだし。
そしてそれは銀時も同意見だったらしい。
「あーそう。 まあそれはソレこれはコレ。 つーワケで何かチョーダイ。 求む甘いモノ。 なんだったら今から多串くんが買ってきてくれても構わねーし」
「誰がだ」
ざけんな、と吐き捨てる。 せいぜい百歩譲って買ってきてやってマヨネーズだ。 マヨ製品以外のパシリになる気は一切無い。
更に。
「その多串くんてのもいい加減に止めやがれコラ」
「なんで」
「俺は多串じゃねェ」
土方だ。 大体にしてその多串というのはどこから出てきた名前だ。
言うと銀時は少しだけ上を向き、何かを思案するカオで。
「・・・・。 んじゃえーと、ええとさあ、ヒジカタくんて下の名前なんつったっけ? 土方ジュウシマツだっけ?」
「はァ?」
思案したかと思ったらコレだ。 ジュウシマツって何だ。 これまた一体何処から出てきた名前なのか。
「アレ? ジュウシマツって漢字で書いたら 『十姉妹』? アレ? 少し違った?」
「・・・・いくら何でも無理あんだろ」
十四郎と十姉妹、十しか合ってない。
呆れたように呟いてやると、
「あーやっぱり?」
銀時は心持ちの垂れ目で、にんまり笑う。
その目があああイヤらしい。 エロ臭い。 不意の顔つき。 こいつは全部わかってやっているのか。
それとも無意識なのか。 だとしたらこれまたとてつもなく問題なのだが。
土方のそんな内心知らず、宙を見上げて銀時は話題を変える。
あー、ここらでドカンと一発宝クジでも当たんねーかなー。 そしたら一生プーで済むしさァ。
あー、甘いモンだけ毎日毎日食いまくってダラダラしたい。 ナマケまくりたい。 もうイイ歳だし疲れたくない」

「そりゃ単にクズって言うんじゃねーか」
違うっての。 ゆとりある生活っつーの? ま、今も基本的に俺は休みの日はジャンプ読んでまったり、昼寝してゆっくり。
どっかの誰かさんみてーにせかせかすぱすぱ生きてねーけど」

僅かばかり絡んだ口調。 余裕のある言い方が憎たらしい。
「ただ金欠でインドアなだけだろうが」
別にこっちだって急いて生きてるワケでもねェよと心の中で呟く。 その証拠に今日は暇だ。
だから同等の文句で返しておくと、意外にも銀時はすんなり頷いた。
「まーそうとも言う。 つーワケで土方くん、知りたくね?」
「何をだよ」
「インドアの極意」
聞き返した自分に、再度銀時は小さく笑う。 繰り返すがエロい。 色気というより、とことんエロい。
「はァ?」
またまた奴の言わんとするところがわからず、片眉を上げると。
金もない特にすることもない、でも時間と場所だけはたっぷり確保してるっつったらヤるコトは唯一つだろ、と銀時はにんまり笑って。




「タダレタ生活の手ほどきってやつをさァ?」




・・・・異論はない。
頷く代わりに、ほとんど吸いつくしていた煙草の火を消した。
























「銀サン今日はバッチリ安全日だから。 余計な心配しなくていーからよ」
「ああそうかよ」
和室にて縺れ込みながら互いが服を脱ぐ間、寝具を用意する間、取るに足らない軽口で間を繋ぐ。
『今日は』、じゃなく 『今日も』、でもなく毎度毎日毎回端的に言えば365日年間通して超安全日のはずだろうが、
と律儀にツッコミを入れてやろうかとも思ったが、面倒なのでやめた。
回数的に然程多いというわけでもないが、自分はここに足を踏み入れるたびにコイツとこんなことばかりしている気がする。
そもそも、自分が此処にいること自体がとても不自然だ。
仕事上の付き合いでもなく仲間というわけでもなく身内というわけでもなく、喩えて言うなら 『知り合い』、か。
だが通常で意味する 『知り合い』 というものは多分にして大概、こんな関係こういう行為には到底到らないわけで、
「・・・・・・・・・・・・」
どこまで考えてもわからないから、それも面倒でやめる。
替わりについと銀時の方から噛み付くように吸い付くように覆ってきたキスを味わった。
銀時から仕掛けられるキスは巧みで、みるみるうちに口内に溜まっていく(互いの?) 唾液。
口が離れていくと同時にそれを飲下して、今度は自分の唾液を飲ませようとすかさず口唇を奪った。
(・・・・確かに爛れてるな)
上顎を何度も舐め上げながらチラリと思う。
タダレタ生活。
タダレタ行為。
タダレタ関係。
今の自分と銀時にはどの言葉もむしろ清々しいほど合致していて、言い訳をする気にもならない。 胸を張って公言できる間柄などではない。 それだけは確かだ。
しかも相手にわざわざこの男、坂田銀時でそれも決して低くはない頻度を持って繰り返してしまっているあたり、
銀時ならず自分にも同等の問題と原因と責任があるような気もする。 つまり共犯か。
しかしそれでも、互いに割り切った少しいびつなこの関係は、土方にとってとてもとてもラクでとても便利で、従って余計、抑制が薄れていく。
それはきっと銀時も同じで、だから輪をかけてラク、そして群を抜いて便利極まりなく・・・・浅いフリをした深みに嵌まっていくのだ、きっと。
と、そんなふうにつらつら考えていたら、ぺろりと口唇を舐められて離された。
「・・・・、ナニ? 今更野暮なコト考えてんの土方くん?」
からかい口調で言ってくる響きに責めはなく、どちらかというと土方の反応を楽しんでいるかのようで。
「何でもねェ」
見通されていたらしいがあくまでとぼけ、
乱雑に敷かれた布団の上、同じくらい乱雑に銀時を引き倒す。




再応―――――、感じた。 実感した。




唾液で濡れた口唇がイヤラシイ。
その気だと一目でわかる目付きもやたらとイカガワシイ。








とにかく―――――――― エロい。








「あ。 とりあえず終わったら糖分プリーズってコトでヨロシク」








せっかくのハロウィンなんだからさァ、と身体の下で思い出したように銀時が笑った。








【『てほどき・(後編)』 に続く】












何とかハロウィンに間に合わせたかったので、前・後編に分けてしまいました。
いつもの如く本番は後編に持ち越し(・・・・・・) というやつですすみません! 
土銀はやりやすいけど書きづらい(たぶん自分だけ) という落とし穴。 あと今回やたらエロいエロい連発して申し訳ありませぬ。 でも銀さんてえろいと思うよ!(開き直り)

そして後半はきっとハロウィンも何も関係なくなると思います(笑)。