よくある話で





まったく、秋の空模様は変わりやすい。
つい30分前まで晴れていたのに、気がつけば窓を叩く強い雨が降り出して。

「ったく・・・・天気予報大ハズレ鬼ハズレじゃね?」
まとめて三セット分、ベランダに干していた布団一式を泡食って和室に放り投げるようにして取り込んで、銀時は恨めしげに外を見た。
何なんだオイ今日は一日秋晴れだっつったろーがお天気アナさんよォ、と毒づいてみても、平日昼下がりの万事屋内には自分以外、誰もいない。
こういうのは新八の役目なんだがな、とぼやきつつ、濡れた布団の様子を確かめる。
万一買い替えるハメになったらどーすんだオイ、
んな金とてもじゃねーけどねーぞウチには、とブツブツ呟いて敷布団から掛け布団、ついでに枕まで一応確かめてみる。
突然の雨にてどの布団も些か湿ってしまってはいたけれど、
幸いにも悲観するほどの被害ではなく、「あーよかった、」 と息をついたら。


ゴソ。


玄関の前に誰かが来たような気配がした。
本日はアポイントなし、今のところわかっている来客予定はない。
と、なるともしや新聞代or電気料金orガス代の集金徴収か。 だとしたらマズイ。 本当にほとんど金がない。
「・・・・・・・・・」
居留守を使うか、とそんな思いが一瞬頭をよぎったものの、万が一にも飛び込みでの仕事の依頼人だったら困る。
そうなるとみすみす仕事話を逃してしまうことになり、イコール収入も減り。
「・・・・・・・・・仕方ねーか、」
集金だったらそん時はそん時だ、と乱雑に積み上げられた布団を後に玄関に向かい、
「はいはーい、今開けますよー」
のろのろ引き戸を開けようと、手をかける。
と、閉じられた玄関扉の向こう、ゆらりと影が動いた。 訪問者が幾許かの身動きをしたらしい。
「、」
瞬間、
一抹の何かがふと銀時の脳裏を掠め、
瞬時、開きかけていた玄関戸を反射的にピシャリと再度閉じようとしたのだが僅かばかり遅い。
「ヅ、」


「い、入れてくれ銀時」


15センチほど開けてしまった玄関戸、閉められまいと咄嗟に足を突っ込み踏ん張っているロン毛はもう言うまでもなく名を呼ぶまでもなく。
ヅラ、だ。 桂だ。
ゆらりと見覚えのある影を見てしまった時から予感はしていた。 というより予測か。 それとも経験が招いた予知感か。
ったくコイツは神楽&新八不在探知機でも搭載してんのかコラ、と半ば真剣に考えつつ、
「・・・・。 何の用だよ」
ガラガラガラと扉を開けた途端、目を瞠って銀時は後悔した。
「な・・・」
ずぶ濡れなのだ。 眼前のヅラが。 ド○フターズのコントばりに頭のてっぺんから爪先まで、びっちょりと。
ロン毛からボタボタ雫が滴るその様はまるで妖怪濡れ女のようで、正直キショイ。
「実は今日こそは大切な話が・・・・。 と、その前にタ・・・・タオルを貸してもらえんだろうか」
「あー・・・・。 ちょっと待ってろ」
普段なら即! 追い返すところなのだけれども、この世の中で一番庇護欲を引き立てるものは雨に濡れ落ちた犬であり(・・・・)、
同様に雨に降られずぶ濡れねずみの桂に情が沸いた。
・・・・なんてそんな理由であるはずもある訳もなく、
単に手土産として左手にぶら下げられていた紙袋に書かれている 『きんつば・羊羹』 の文字に惹かれただけだ。
きんつばと羊羹なら完全密封、どれだけヅラ本人と外身の紙袋が濡れていても中身に支障は何もない。
それにどれだけ文句を言っても追い返そうと追い出そうとしてもしつこさには定評のある(・・・・) ヅラ、
一旦顔を付き合わせてしまったら一筋縄で出て行く相手ではないし、何より銀時としてもちょうど暇を持て余してもいた。


だからたまには、暇潰しに相手をしてやっても別にいい。




















と思っていたのに。
なのに。


「ぎぎぎ銀時・・・・!」
「死ね!! 離れろ! 死んで離れやがれェェェェーーーー!!」


一分後、
タオルを放ってやりながら奥の和室に足を踏み入れるが早いか、
怒濤の勢いで後ろからがぶり寄って来やがったバカヅラ桂に、思い切り前言撤回、全て翻したくなった。
「な、なんだ銀時、わざわざ布団の敷いてあるトコロに案内・・・・」
「ちげーよ! 果てしなく違げーって! テメーが来やがる直前に取り込んだだけだっつの!」
怒鳴りまくり説明しつつ、げしげしがしがしと渾身の力を込めて、銀時は纏わりつく桂を振り払い引き剥がそうとする。
だのに一度取り付いた桂は軟体動物のようなねちっこさと粘り強さで、なかなか取り払えない。
加えて奴は(一応タオルは渡してやったが) 前述通り全身ずぶ濡れで、密着される銀時としてみたら湿っぽくてたまらない。
「雨臭ェ!! 生臭ェ! 車に轢き潰された地面のカエルみてーな生臭ェニオイがするゥゥゥ・・・!!」
貸してやっから風呂入ってサッパリして来やがれ、何より俺から離れやがれこのロン毛、と半分以上本気で告げれば。
「もうここまで濡れたのだから風呂に入ろうと入らなかろうと結局は同じだこと否むしろこれからまた更に一緒に熱く濡れまくろう銀時」
いけしゃあしゃあと、それもよくもまあ息継ぎなし、ワンブレスで言い切れるものだ。
これにプチッとキレた。
「ヅラァ!!」
固めた拳で容赦なく遠慮なく右ストレート。

ゴッ。

鈍い鈍い、ナマモノを殴ったイヤな音がして、決まった会心の一撃。
「〜〜〜〜〜〜〜ッッ!!」
流石にこれは効いたらしい。
たまらず銀時から手を離し、殴打された頭頂部を両手で抑え悶絶する桂をトドメとばかりに蹴り倒し、
「ド・・・・ドメスティックバイオレンス・・・・」
それでもまだ寝惚けた科白を吐き続ける変態ロン毛と、少なくとも半径一メートル以上の距離を取ってから。
蹴り飛ばした拍子に桂の懐から落ちた携帯電話(テロリストゆえどうせ偽名、もしくは架空名義で入手したのだろう) をひょいと拾い上げ、
「えーと、」
迷わずピポパ、と幾つかの数字をプッシュする。 そして聴こえるコール音。
そのまま繋がるのを待つが、トゥルルル、トゥルルルと呼び出しの音が連続して聴こえてくるだけで、
一向に相手が出る気配も様子もない。
「まーた公務サボってイチャついてんのか、アイツら?」
一体どうなってんだ近頃のケーサツカンのモラルはよォ、と呆れて仕方なし、
今度会ったらとことん突き詰めてとことん文句言ってやらァあのヤロー、と某マヨラーとサド王子に毒づいて
一旦切る。
と、やっとダメージから復活した桂が、「今、どこにかけた?」 と怪訝そうに聞いてきた。
「気にすんな、ちょっと知り合いだから」
「? 知り合い? 何処のだ?」
「んー、公務員?」
「公務員?」
「ケーサツカン」
「!」
「つーか真選組? 市民の義務で、『ウチにテロリストが乗り込んできました助けてェェェ!!』 って通報しようとしたんだけど」
「なッ・・・・!!?」
「けど安心しろ、怠惰な多串くんたちのおかげで誰も出ねーし」
それとももっかい掛けてみっか、とリダイヤルしようとしたところ、
「やめろ銀時ィ!」
焦った桂に携帯を取り返された。


「・・・・銀時、」
「んだよ」


半トーンほど低くなった桂の声。 真選組を出したのは少しやりすぎたか。 けれど負けずに睨み返して一瞬、強い視線が絡み合う。 


が、
こんな時こんな場合、先に高圧的に出た方の勝ちである。 そうなることを長い付き合いの中で銀時は知っている。
「・・・・本気で叩き出されたくなかったら黙って真っ直ぐ風呂入って来やがれ。 なんか話があんだろーが」
びしッ! と風呂場の方向を指差して有無を言わせず命令系。
そして桂も多分に漏れず、
「あ、ああ。 ・・・すまんな、借りるぞ」
素直に頷いてくるりと踵を返し、背を向けすたすた数歩歩いて行ったと思ったら。
ふいに戻ってきた。
「ときに、着替えはどうしたら良いだろうか」
「あ?」
「濡れた服をまた着て出てきたのでは、結局同じことになってしまうと思うのだが」
「・・・・・・・・・・パンツ一丁で出てくりゃいーんじゃねーの?」
「そうか。 そうだな。 花も恥じらう婦女子でもなし、それがいい」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
クソマジメに頷きながら今度こそ風呂場に向かったバカ桂、ヅラ馬鹿に大きくタメイキをつき、銀時はそのくるくる天パ頭をがしがし掻いた。
気付けば窓の外、雨はとっくに止んで晴れ間が出ている。




















「今日ここに来る前にいろいろ苦労の末、俺が貰ってきた。 という訳でだな、これにハンコを捺してくれ銀時」
「・・・・何コレ? これナニ???」


向かい合って膝をつき合わせた途端、桂からずいっと差し出された一枚の用紙。
「なに、と言われても見ての通りだ」
「『ケッコントドケ』??? ・・・・やべ、ちっさい頃ファミコンばっかやってたから目、スゲー悪くなっちゃったよ銀サン」
「悪くない悪くない、視力はちっとも落ちていないぞそのままだ。 だからその結婚届に捺印を」
「・・・・オカシイだろーがよ」
「おかしくないおかしくない。 一切合財なんにもおかしいトコロなど何一つない」
ごく真面目な顔をして、桂はどこまでも生真面目に言い募ってくる。
「って、オカシイだろーが実際ィィ!! コレにすでにテメーと俺の名前が勝手に書いてあんのも! んでもってテメーがホントにパンツ一丁のままでいやがるのも!」
叫ぶと一緒、思わず勢いのまま卓袱台返しをしたくなった銀時である。
そうなのだ。
風呂上がり、本当にパンツ一丁で出てきたのだこのバカは。(ちなみに濡れている服一式はハンガーに干し、ベランダにて乾かしている真っ最中)
何でもいいから 「服を貸してくれ」 と一言言えば良いものの、何のつもりでいるのかそれさえ言わずでいるから、
銀時も 「貸してやる」 とも一切言わない。 そこまで甘くはない。
「第一、万が一にも捺したトコロでこんなん役所に出せるかァァァ!!」
住所本籍はともかく、夫妻の職業記入欄に 『攘夷派テロリスト・便利屋』 などとでも書けというのか、
更に証人二人、まさかエリザベスに定春と記入する算段でいるつもりなのかこのロン毛野郎は。
すると当の桂はごくあっさり、
「役所に提出するかしないかが問題なのではない、お前が押印してくれるかどうかが問題なのだ」
「はァ?」
「何度言えばわかってくれる。 好きだ」
耳にタコができるほど繰り返し繰り返し言われ続けている言葉を今日も真正面から投げられた。
そんなことわかっている。
そんなこと、イヤというほど知っている。
けれど改めて口に出されるたび、改めて繰り返されるたび、それと同じくらい銀時は困るのだ。 理由はわからないけれど。
だからいつもいつも曖昧な返答になる。
「・・・・あー、」
「捺してくれるだけでいい」
「・・・・・・・・」
・・・・間違って捺してやろうものなら、情にほだされようものなら桂は付け上がるだけだし、
かと言って何だか今日のヅラはいつもより真面目だ。 随分と本気らしい。
こんな状態の時に無碍に断りでもすれば、それこそマイナスに暴走しかねない雰囲気も湛えていて、
「〜〜〜〜〜、」
困った。
ますます、困った。
「〜〜〜〜〜〜〜〜、」
困り果てた挙げ句、出てきたのは逃げの一手。
「・・・・あ、ハンコ無いわ。 この前神楽がなくしたんだったそーだったそーだった。 だからシャチハタも三文判も実印もねェわ」
「拇印で構わん」
「ボインもねーよ俺オトコだし」
「そうだな確かに男だな。 ・・・・って、違うだろうが銀時ィ! あまりにベタで寒い親父ギャグだそれは」
律儀に一通りノリツッコミをこなして、改めて桂は銀時と向き合ってくる。(しかしパンツ一丁)
仕方なし、銀時ももう一度居住まいを正して胡坐をかく。 向き直る。 そして。
――― あのさァ、アレ、自分で言うのもアレだけど糖尿一歩手前だしよォ、新八に神楽に定春、俺ァ三人も扶養家族がいんだぜ?」
ジャンプの主人公にあるまじき死んだサカナの目だったりするしさァ、
グダグダだしぐうたらだし金ねーしフラフラだしいろいろ欠点だらけだしよォ、
と悲しくも自らを貶めてみたというのに。




「なんだそんなことか。 そんなこと何一つ問題ではないぞ、相手に少しの欠点も見せない人間はただの馬鹿か偽善者だ」




一瞬も間を置かず間髪入れず、迷わず断言する桂。




「な・・・・」


「違うか?」




桂は妙に自信たっぷりだ。
一体ドコにそんな根拠があるってんだオイ、と銀時は更に追求しようとして、やめた。
(パンツ一丁の)ヅラ相手にこれ以上四の五の追求するのも、ああだこうだ問答するのも色々面倒くさい。
もういろいろ面倒くさいから、だから一番今手っ取り早いのは、




・・・・・。
・・・・・。
・・・・・。




その紙、その用紙に何某かをしてやればいい。 それが早い。
書かれた自分の名前の横、すぐ脇の【印】というところに拇印の代わり、ウンコマークのラクガキでもしてやればいい。


そうどことなく投げやりな気分で決め、盛大なタメイキを吐きながら 「寄こせ」 と言いかけ用紙をヅラの手から奪い取ろうとした弾み、
ほんの少し、力の入れ加減を間違った。
そして、紙自体が元々雨に濡れて多少なりとも湿っていたことも付随して。




―――――― ビリ。




「あっ破れた」
ものの見事に真ん中から真っ二つ、ギザギザに破れたそれはちょうど半々、それぞれの手に。
「!!!! ギャアアアなんてことをしてくれるんだお前はァァァァ!!? その一枚を入手するのに俺がどれだけ苦労したと・・・・!」
「は? 面の割れてねー誰かに取りに行かせりゃいーんじゃねーの?」
取り巻きだけはムダに多くいるんだからよ、と言ってやれば、
「違う! これは俺が自ら取りに行くことに意味と意義があったんだ、そしてお前に捺してもらうことに・・・・」
みるみるうち、へなへな萎れはじめガックリ肩を落とすヅラ。(パンツ一丁)
「フーン?」
項垂れる桂に、銀時は含み笑う。
「ま、形あるモノはいつか壊れるって言うだろ、まあこんなんよくある話だから」
「・・・・うう」




そして秋の空模様と同じく、変わりやすくその気になった自分がヅラ相手、
これから今から先刻干した着物が乾くまで多少なりとも甘やかし、タイミングよく取り込んだ布団の上にOKしてやるのもこれまたよくある話で。












――――――――― そう、こんなの世間一般、どこにでもよくある話だ。












ラブラブ? あれ? でもやっぱりヅラがきもくなってしまいました。
タイトル通り、ベタな話(笑)。