[ アマイヤマイ ]


(一番最初に出した [アマイケハイ] の続きでございます)






ヒーローだからって、なんでも出来る訳じゃない。
突出した各々の能力、その一点を除いてしまえば普通の人間と全く変わるものではなくて、
ましてや変わりやすい真夏の天気、
数分前まではうだるように暑くて陽射しも焼け付くほどの強さで灼熱のアスファルトに影を作っていたのに、
一挙に暗くなったと思った途端、激しく叩き付けるよう降ってきたスコールもかくやというほどの勢いの夕立をどうこうする力なんてこれっぽっちも持っているはずもなく。




二人がそんな天候不順に見舞われたのは、虎徹宅まで距離的にあと徒歩で十五分、のところである。























「ずぶ濡れだな・・・・」
「ずぶ濡れ、ですね・・・・」


二人、顔を見合わせてタメイキをついた。


バケツどころか盥、いや、バスタブをひっくり返したような雨と、
頭上の高い高いところで響き渡る雷鳴に頭をすくめながら、
(互いに能力は使わず) 全力で走って辿り付いた虎徹宅。
しかしこの降りっぷりでは多少走ってみたところでどうこうなるような状況ではなく、
揃って室内に駆け込んだ時点で頭から爪先まで濡れねずみならぬ濡れタイガー、濡れうさぎ状態で。
慌てて駆け込むや否や、急いで閉めた玄関のドアの外ではゴロゴロと次の雷が低く響いている。
こりゃしばらく止みそうにねえな、と虎徹は小さく息を吐きつつ、
「タオル取ってくるから、ちょっと待ってろな」
こんなずぶ濡れじゃ上がれません、と入口で佇むバーナビーに告げてフロアの上、
濡れた足跡を残しながら奥に向かう。
そうして自らもがしがしと髪をタオルで拭きながら、ほら使えよ、とバーナビーにも大きめのタオルを渡しはしたのだが。
「ありがとうございます。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・拭ききれません」
「・・・・・・・・・・・・・俺も」
ここまで全身つゆだく状態になってしまっていては、たかだかタオルの一枚やそこらで到底、拭いきれるものではなくて。
「服や靴どころか、下着までびしょ濡れですよ・・・・」
困り果てたバーナビーの、眼鏡を外しながらの素顔のその呟きに。
「、」
三十路、情けないことに迂闊にも僅かに鼓動が早くなった。
それを決して悟られないよう、
どうにもこうにも燻り続けている何かを外に表わさないよう、あくまでもどこまでも何気ない態度と口調で、
「じゃ、上がって風呂入って、ついでに泊まってくか?」
加えてたぶんまた別の何かを確認しておきたかったがため、さらりと言ってみた。 ところ。
「・・・・・・・えっ、」
突然言われたバーナビーの動きが一瞬、止まる。
でもそれは本当に一瞬だけで、
「虎徹さんが、構わないのなら」
明日の予定は午後からなので僕は大丈夫ですが、との返事を貰った。
「でも、着替えも何も・・・・・」
「乾くまで、俺の着てればイイだろ。 心配すんな、下着は新品の買い置きがあるからよ」
探しとくから先にシャワー浴びてていいぜ、と奥を親指で指し示せば。
「はい、 ・・・・・あの、」
「な、何だ?」
「・・・・・、やっぱりなんでもないです」
「そ・・・・そっか」
「でも、僕が先でいいんですか?」
「そうした方が、少しでも服とか早く乾くだろ?」
「・・・・そ、うですね」
ああどこまでも揃って二人、ぎこちない。
でもそれは今になって始まったことではなくて、実は今日というか最近は最初からはじめから、


つい十日前から。


十日前、同じこの場所、この部屋で初めてSexをしてからずっとこんな空気が続いている。
しかし決して嫌な雰囲気、とか、
気まずい感じ、とか、そういった部類のものではなくて、
互いに照れくささを延々と引き摺っている、だから一応は普通に会話もして、
通常通り大抵一緒にいたりする日々でこの十日間、過ごしてきたのだがあれ以来の決定打に欠ける、
なんというか、こう、最後の一線は先日確かに越えたのだけれどもその先に実はもう一つあった点線、
それをまだ跨げずに右往左往している。
・・・・・・と迂遠に表現してみるのが一番近いあたりか。
つまり一言で済ませてしまえば、間違いなく引っ付いたくせ、まだ二人とも開き直れてはいない、
かと言ってもう前のような状態にも戻れない、
ここにきてそんな往生際? の悪い三十路と二十五歳児で。


だからこれは僥倖だ。
おそらく思いが同じなら、考えていることも一緒なら、
間違いなく互いにそれこそ名は体を天気であらわす、の如く降って湧いたナイスタイミング、グッドタイミング。
なのに二の足を踏んでしまうあたり、共々いい歳をした大人が情けないというか嘆かわしいというか。


心の中だけで虎徹はもう一度タメイキを吐きつつ、
「浴びて来いよ。 いーから」
重ねて告げて、「それじゃ、先に」 と浴室へ向かうバーナビーの背中に向け、
「服は洗濯機に放り込んで回しとけよ。 あ、悪ィ、ちょっと待った、あー、確かココに・・・・履き下ろしてねえやつがあったはず・・・」
そう言いつつ、部屋の隅をゴソゴソ漁って見つけた、パッケージに入ったままの下着をバーナビーに向けて放り投げ、ついでにシャツとワークパンツもばさっと放る。
「こっちは着古しだけどな。 て言ってもそれ、二回くらいしか着てねえな・・・・」
「何でも大丈夫です。 ありがとうございます」
すぐ出て来ますから、と浴室のドアをパタンと閉めてバーナビーが姿を消した直後、




「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・どーする・・・・・・・・」




ソファーが濡れるのも構わず、どさりと腰を下ろして沈み込む、三十路。
どうするもこうするも、
バニーちゃんお泊りコースがほぼ確定した今、もう流れのまま、
流すまま流されるまま進むであろうことになるのはわかっている。 わかりきっている。 のだが。




「俺はよくても、バニーが、なあ・・・・?」




胸裏は独り言になり、髪の先から滴る水滴と共に、床に落ちて消えた。

























結局なんの踏ん切りも決心もつかないまま、
十五分後、「ドライヤーも借りていたので遅くなりました、」 と浴室から出てきたバーナビーとはほとんど視線も会話も交わすことなく、
「お、おう」
ただそれだけ返事をして、入れ違いに飛び込んだいつもの浴室。
ざあああ、と頭から湯を浴びながら、
「ヤバイ・・・・」
落ち着け俺、頑張れ、俺、と虎徹はなんとかいろいろ静めようとするのだけれど。
自分一人でこれから過ごすならともかく、
すぐ向こうに当のバーナビーが居るというのに今更落ち着けるはずがない。 静まるわけもない。
そして自分の性格上性質上、なし崩しに自然に紳士の態度でそんな展開に雪崩れ込む器用な芸当なぞ出来やしないことも充分、承知の上だ。
「なんか俺、ちっともワイルドじゃねえな・・・・」
どれだけ自分にぼやいてみたって、いつまでも浴室に閉じこもっているわけにも行かず、
シャワーのコックをきゅっ、と捻って閉じて、三十路は深く深く息を吐いた。
外では激しい雨音が響いている。
一過性の夕立かと思ったのだが、どうやら当分、雷はともかく雨が止む気配は無さそうだ。








結局結局、それから何も変わらないまま、そして雨は止まないまま、曖昧な空気の中、
あり合わせのもので虎徹が作って出した(肉と野菜を炒めただけのものだ) 夕食を終え、
今夜はアルコールに移行することもなく、通常の、日常の会話(ごく一部に仕事上の話) を交わしながらも互いに妙なぎこちなさを纏ったまま、ただただ時間だけが経過して、
気がつけばそこそこ遅い時間帯になってしまった。
あとはもうベッドに潜り込むしかないような時刻。
「・・・・そろそろ寝る、か」
妙に目も頭も冴えてしまっていながら、決して、決して不自然にならないよう、立ち上がってそう口にする。
「はい」
情けないことに、頷いたバーナビーの顔を虎徹は見れない。
見てしまったら、なんだか別のことを口走ってしまいそうで、だから。
「俺はそこのソファーで寝るから、お前は上のベッド使えよ」
「そんな、それだったら僕がソファーで寝ますよ」
「気にすんなって。 飲んで帰った夜とか、階段上がるのが面倒な時よくそこで寝てんだよ」
慣れてっからな俺、ときちんと補足まで付け足しフォロー。
なのにおじさんのココロ知らず、次にうさたんが何を言うかと思えば。
「・・・・・・・それなら、一緒に」
「バッ・・・・・・!」
この時、この虎徹の 「バッ・・・・・・!」 は 『バニー・・・・・・・!』 のバ、なのかそれとも、
『馬ッ鹿・・・・野郎・・・・・!』 のバ、なのか、たぶん本人でさえも不明である。 しいて言うなら半々か。
「? 僕はたぶん、そう寝相も悪くない方だと思いますから」
「〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
「虎徹さん?」
絶句してあたふたする虎徹を、バーナビーは訝しげに見てくる。
一通り煩悶し終え、
「お前、なあ・・・・」
「???」
呆れたついでに意を決して先程まで正視出来なかったその顔を見やると、きょとん、とされた。
「バニー・・・・」
ああもう駄目だ。 この二十五歳児にはきちんとビシッと言ってやらないとわからない。 伝わらない。
自分はここまで苦悶する破目に陥っているのに。
すうっ、と息を大きく吸って、虎徹は腹をくくった。
そしてその決意と共に、真正面からバーナビーと視線を合わせながら。
「〜〜〜〜〜〜一緒になんて寝たら、歯止めも何も効かなくなっちまうだろうが!」
「・・・・・・・・、」
「あん時は、こう、俺もお前も確かに酔っ払ってたし、あん時だけなら言い訳もきくけどよ、」
「・・・・・・・・・・あの、」
「俺はともかく、お前は」
あああもう何が言いたいのか、何を言いたいのか、どうすればいいのか余計わからなくなってきた。
今まで三十数余年、培ってきた経験は何の役にも立たずに虎徹が混乱しかけたところで。
「あの、虎徹さん、 ・・・・・・」
「な、何だよ」
「僕は、構いませんが」
虎徹さんがそうしたいなら、とあの時と同じ科白をバーナビーは繰り返した。
「なッ・・・・・!」
固まる虎徹に、バーナビーは更に。
「・・・・でも、虎徹さんがしたくないなら、」






「したい!!」






即答。 打しかもてば響くような。 それも大声で。 してしまった。
でも正直に言ったまでだ。 実直に答えただけだ。


「え・・・・っ・・・・」


当然、今度はバーナビーが固まった。
しっかり十秒ほど固まって、それから心持ち、目を伏せながら。


「それじゃ、一緒に眠る方向でいい・・・・ですよね」


肯定の確認。 虎徹はたまらず勿論頷く。


勢い。 もあったかもしれない。
けれど本心。 ココロの底からの、身体の底からの。
それはたぶん、互いに。


「・・・・ホントにいいんだな?」


「はい」


「のめり込んじまうぜ、俺は」


「・・・・僕は、とっくに」


その言葉に目をまたたかせた虎徹に、バーナビーは。


「そろそろ、また、虎徹さんには幸せな時期が来たっていいと思うんです」


「、」


「―――――――― もちろん、僕にも」


こういう言葉を彼から貰えている時点で、すでに果てしなく幸せなことなんだろう。


「お前・・・・」


それでも我慢できなくなって、あまりのいとおしさにグイっと肩を掴んで、
そんじゃ上、行くか、と囁いて促した。


ふと気付けば、雨はまだまだ激しく降り続いている。


























ベッドの上、バーナビーを座らせ、その上に乗り上げるようにしてキスをする。
前回、下手だと言われてしまったキス。 それから上達などしているわけがない。 けれど止められない。
一度、啄ばんで、次にその唇を軽く吸ってから食む。
「・・・・ん、・・・」
息継ぎの合間、軽く開かれた口唇の間を縫って舌を捉えて絡ませた。
たかだかキスのはずなのに、とにかく心地好い。
舌も、あがる吐息も、味わう唾液も。
雨の音が響く中、まるで子供のように夢中になってバーナビーの口唇を散々貪っていく。
その間、虎徹は次第に五感がおかしくなっていくのを進行形で感じつつ、納得せざるを得ない。
(・・・・治らねーな、もう)
どこまでも甘さを覚えてしまう味覚も、
あまり上手くないキスに相応にこたえてくれるバニーちゃんが心底可愛く見えてしまう視覚も、
虎徹さん、と名前を呼ばれるたびに動悸が激しくなる聴覚も、
こうやって触れる体温をやたら心地好く感じる触覚も、
ふっと鼻先を掠める彼の匂いを嗅ぎとってドクンと下肢が脈打つ原因になる嗅覚も。
『はしか』 や 『おたふく風邪』 のよう、歳をとってからかかる病には始末が悪いものが多い。
しかもこれは治る見込みの到底望めない、甘い患い。












アマイヤマイ。












――――――――――― それは最果てのない末期症状まで。



















◆◆◆◆◆ 次の話に・・・・続きます ・・・・すみません ◆◆◆◆◆



いつもいつも爛れ腐ってる(・・・・) のばっかりだったんで、たまにはぎこちないのもいいんじゃないかと(笑)
でも前作とあんまり繋がってない気がする・・・・ ←イツモノコトダヨ
後半戦はたぶん輪をかけていつも通りです(淀んだ目そして湿ったうすら笑顔で)。