[ Lie, 800 Million ]



明るくない話、スッキリしない話ですのでご注意。




いい歳をした大人が、更にいい歳をしたオトナに対し、
相手の過去を根掘り葉掘り詮索することなど、
野暮を通り越して、ただの見苦しい行為にしか過ぎないことくらい、
無論のことバーナビーだってわかっている。
三十何年生きていれば、どんな人間にだって相応の過去は存在しているのだろうし、
あんな裏表の無い彼(・・・・だからこそ?) だって、
何かしらキズの一つや二つ、背負って抱え込んで生きている。


そんなこと、自分だって四半世紀生きてきたがゆえ、最初から承知でその通り、
今まで接してきた。
理解して了承しているつもりのうえで、彼と深い仲になった。
たぶん自分にもう少し余裕があって、そしてあと僅かでも人懐こさの欠片でもある性格だったなら、
展開はとても簡単、至極ラクに彼の懐に入り込んで行けたのだろうと思う。
けれどそんなこと、今更そこそこ屈折した自分にできるはずもなかったし、
そんな自分に対してさえ、彼が自分を見てくれる目は相変わらず優しくて深い色をしていたから。


なのに、一体自分はどこまで貪欲に、強欲になるつもりなのだろう。


これほど近くに居るのに。




















「そろそろ、本格的に冷え込んできましたね」
「・・・・ン?」
「今年も、あと二週間で終わりですよ」
今日も、特に示し合わすこともなく、普通に二人でいる。
端から見れば、ごくごく当たり前のような時間に見て取れないこともないのだけれど、
実際のところ、何かがひとつ、ズレているような。
ぴんと透き通った多重和音の中、ただ一音だけ、かすかに不協和音が重なって響いているような。
しかしそれをしっかり意識してしまえば、きっと此処に居辛くなってしまう破目に陥るのは間違いなくて、
あえて、何も考えない方向に自意識を向け、
いつ訪れても変わり映えのない、虎徹宅、リビングにてぐるりと周囲を一瞥した。
三十路やもめらしい、シンプルといえばシンプル、季節感の全く感じられないこの部屋。
適度に暖かいと感じられる程度に保たれているエアコンの空気だけが、
今は冬、十二月だと示している見慣れた空間の中、
「虎徹さん、」
「んー?」
目の前の相手に対し、懸命に頭の中で会話内容を探す、そんな状況。


「クリスマスの飾り付けは、」
「ココに来てからしたコトねぇな・・・・」
「帰省もしないつもりですか」
「一日だけ帰ってもなあ? 楓とはいつも通り電話で話してプレゼント贈って終わるだろうなあ」
「年末も?」
「たぶん、な」


他に話すことが無い訳ではない。
こうやってソファーにて向かい合い、(インスタントだが) コーヒーカップを手に、
何気なく過ごす冬の日の夕暮れ。
夕食を取るには、まだ早い。
かと言って、「それじゃ、また明日」 と辞すには更に早すぎる。
だから余計、どんな会話で間を持たせれば良いのかわからなくなって、
「・・・・・・・・」
彼に、虎徹には気付かれないよう、バーナビーは心の中で小さく溜め息をついた。
気付かれないよう、ついた溜め息のはずだった。
なのに、
「バニー」
無意識にバーナビーが僅か落とした視線を追うかのような、虎徹の呼びかけ。
「な、バニー」
「・・・・・・・・、何、ですか」
すぐに反応できなかったのは、
そしていつの間にか、自分の真横に並んでソファーに腰を落とした彼の顔を真っ直ぐ見つめられなかったのは、何故なのだろう。
「前々から思ってたんだけどよ」
「・・・・・・何をですか」
さりげなく、顔と視線とを継続させて落としたまま、ぼそぼそと返事。
すると虎徹は何を言ってくるかと思えば。
「お前さん、せっかくキレイなカオしてるんだから、普段眼鏡なんかで隠さない方がイイぜ?」
「・・・・・・。 まあ、僕の顔がそこそこ良いのは自覚してますが」
ケロリ。 開き直ってそう答えてみる。 と。
「・・・・・・。 あんまりそれ、他の奴の前で堂々と言わない方がイイかもなあ」
半ば呆れたかのような、そしてもう半分は感心するかのような、
そんな彼独特のイントネーションで苦笑。 された。 けれど。
決してまだ長いとはいえない、それでも(一方的に) 浅くはない(と、思いたい) 付き合いの中、
どこか取り繕った感が否めないことに気付いてしまう。
「言いませんよ」
なあバニー、と三たび虎徹が呼びかけてくるのを遮って、被せる否定。
「違うって、俺が今聞こうとしてたのはだな、」
「・・・・・・・・」
「クリスマスプレゼントは、何が欲しいかってコトだ」
「・・・・・・別に、特に・・・・」
欲しいものなんて無いです、と視線は伏せたまま、首を横に振ると、
「何だよ、遠慮すんなって」
「してませんよ」
嘘。
「ホントかあ?」
「本当に、無いです。 大抵のものは手に入るようになりましたから」
いつから自分はこんな簡単に嘘をつけるようになったのだろう。
「・・・・・・・・」
無い訳が、無い。
求めてその通り、彼から貰うことが出来るならとっくに求めている。
だから。
「・・・・・・・・」
沈黙。
「・・・・僕は、」
「バニー?」
僕が、
僕が本当に、
欲しいものは、
「、」
小さな衝動に突き動かされ、ここでやっと顔を上げ視線を合わせたら。
余計、言えなくなった。
虎徹はただ、いつものよう、普段と変わらない面持ちで自分を見ている。
「・・・・・・やっぱり、何もいりません」
瞬時、本能的に卑怯だ、と思ってしまった。
虎徹も。 自分も。




何が欲しい? と聞いてくるだけで、
自らは自分に何も欲しがってくれない虎徹も、




彼の全部が欲しいくせ、暴欲と我欲にまみれて身動きも取れないくせ、
結局なにも言えない、矮小な自分も。




もしかしたら互いに遠慮しあい、
どちらかが言い出すのを、
どちらかが切り出すのを互いに見計らい待ち続けているだけなのかもしれないけれど、
でももし本当にそうだとするならば、
揃ってどれだけ臆病で、どれだけ怯んで臆せば気が済むのだろうというレベルで。




だから、先手を取った。
「・・・・・・クリスマス、何も要りませんから、代わりに」
このどうしようもない空気を終わりにするために。
「僕と出会う前の話をしてください」
どうしようもない、嘘も、遠慮もかき消すために。




「たとえば十年前、虎徹さんが誰とどんなクリスマスを過ごしていたのか、そんな話を」




「・・・・・ッ、」




短く息をついた虎徹の、
ふいに横切るのは、今は亡き、彼の。




「・・・・・・僕は、居なくなりませんよ」




もう、とっくの昔に、罰は受けた。 家族は皆、失った。
だからこのヒトを 『束縛』 して 『占有』 するという罪の一つや二つ、
これから犯したところで何も怖くはなく。




「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」




そして訪れる沈黙。 時間にしてどれくらいだろう。
やたら長いものに感じたが、せいぜい一分か、二分か。
虎徹が、バーナビーのその言葉をどんな意味合いで、どう受け取ったのかはわからなかった。
ただ。
沈黙のあと、ふっと口許を緩め、




「・・・・じゃあ、次の来年のクリスマスには欲しいモノ、たくさん考えとけよ、バニー」




そんなふうに言ってきた。




何故、虎徹が今そんなことを口にしたのかバーナビーにはわからなかった。
わからなかったから、あえて聴こえていないフリをした。
けれど少しだけ、僅かだけ拒絶の混ざった言葉だと思ってしまったのは訝しがり過ぎだろうか。
・・・・否、
拒絶とは微妙に違う、
なんというか、どちらかといえばまるで、 ・・・・・・謝罪のような。
そう、
『悪ィな、』 と言われたのと同義語だと思えて、
そして、
そしてバーナビーはなんとなく、
そんなことどうでもいい、という気になった。
今危惧しようとたとえ杞憂だろうと、どうせいずれ何時の日かその時は来るし、
来たら来たで自分は自分の切望のまま進むしかなく。
・・・・・・たとえその先に絶望しか無かったとしても。
なんて、崖っぷちの土壇場で開き直ってみる。




「・・・・僕は、ずっと居ますから」
「ん」
「虎徹さんは、」
「居るぜ。 居るだろ」
「・・・・・・今は、ですよね」
「バニー」
「・・・・・・・・」
見返した虎徹の虹彩には、確かに自分が映っている。




そして、虎徹は深呼吸にも似た、タメイキをひとつ。




「お前の欲しいモノなら、大抵は用意するつもりでいたんだぜ?」
軽く言ってのける口調に、また少し引っかかりを感じて思わず一瞬、視線を逸らした瞬間。
「泊まってけよ」
有無を言わせないキスに、捕らえられた。
抗う必要性も無いから、バーナビーはそのまま口付けを受け入れる。
「・・・・ん・・・、」
息継ぎの間、わずかに漏れる吐息。
キスなんて、全然キレイなものじゃない。 舌と口腔内を使う、単なる唇でのSex。
長く舌を吸われながら、ぼんやりそう思う。
でも嫌いじゃない。 
今交わしている慰め合うキスも、
キズを舐め合うSexも。




なんにせよ、虎徹の科白をバーナビーは欠片も信じてなどいないし、
たとえそれが本当の言葉だったとしてもそんなもの最初から何のイミもない。




そんなふうに解釈してしまう卑屈な自分もいれば、
彼の言葉も行動も、全てが本物だと信じたがっている惰弱な自分もいる。




「・・・・泊まってく、よな?」




「、―――――――― はい」




結局なにも答えてくれない虎徹と、
流されてしまう自分。




こんな場合、どちらがどれだけ卑怯で臆病なのか、
はっきりさせたい部分も幾つかあったりはしたけれど、とりあえず今のところそれは後回しにしておきつつ。




「覚悟は、出来てますから」




ソファーの上、押し倒され圧し掛かってくる身体の下、
服装と意識を乱されながらそう、呟いたら。




「・・・・覚悟じゃなくて、投げやりになってるだけだろ」




あっさり。 突き落とされた。




それが事実なのか、それとも虎徹にはそう見えるだけなのか、
当のバーナビーにはわからない。 けれど。




その一言は酷くピンと張り詰めていて、
きっと彼は間違ったことなど決して言わないだろうから。












――――――――――――――― だから僕は貴方が愛しい。













お名前不明様からのリク、「バニーちゃんが痛い感じの話」 でございました。
【タンスの角に足の小指をぶつけた】みたいな痛さでも、
【痛いわこのヒト・・・・】てな痛さでもどちらでも構いませんと仰ってくださったので、
後者(・・・・) を取らせていただきました(苦笑)。