気付いたのは、二人とも多分ほぼ同時期だった。
「ねえ、神楽ちゃん」
「オイ、新八」
万事屋従業員ふたり、外出中の雇い主が居ない応接間にて互いに座って向かい合い、
熱いお茶を啜りながら。
「最近、なんか銀さんおかしいよね」
「おかしいアルネ」
切り出す新八。
素直に神楽は頷く。
「普通のフリしてるけど、どこか少しイライラしてるよね」
「してるネ」
「なのにさ、僕たちには何にも話さないんだよね」
「ウン」
「今朝だってさ、僕が 『銀さん、ここしばらく元気ないですね。 どうかしたんですか?』 って聞いても、『アー、銀さん今ちょっと生理2日目だから』 って、そっち方面のネタでスルーされたし」
小さく肩を竦めつつ語った新八に、頭の中で神楽は、
そんなふうに毎日毎日生理2日目が続いたりなんかしてたら世の中のオンナは揃って暴動起こすネ。 と実感を込めて思いつつ。
「私もヨ。 こないだ 『銀ちゃん、なんかチョット暗いアルヨ?』 て言っても、 『んー、更年期』 てツッコミも出来ない返事をしたネ」
同調後、呆れ口調でやはり同じように語ってみせる神楽。
ゆっくり新八は首を横に振る。
「どうしたんだろ」
「ワカラン」
揃ってズズズズ、とお茶を飲む。
「はぁ・・・・」
そうして、ふたり顔を見合わせ必然、溜め息をついた。
そして先に口を開くのは新八で。
空になった神楽と自分の湯呑み茶碗に急須から残りの出涸らしを注ぎ入れ、
「・・・・とりあえず、これは僕の勝手な思い込みかもしれないんだけど」
「オメーの言うことなんざ大抵思い込みの一人よがりネ。 ま、それでも一応話してみ新八」
「・・・・・・酷いよ神楽ちゃん・・・・・・」
容赦ない少女の言に少年は一旦ガクリと項垂れ、
それでも無理矢理立ち直ってゴホンと一度、咳払い。 それから。
「ここ最近一ヶ月くらい、桂さんを見かけないんだ」
「ヅラ?」
「そう。 少し前まではさ、銀さんがいようがいなかろうが一週間に一度は必ず押しかけて来てたのに、なのにここ最近は一度も見かけないんだ。 来た形跡もないし」
神楽ちゃんはどう? と訊ねられ、少女は少し考える。
「・・・・そういえば、私もしばらく見てないアル」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
ふたり、再度顔を見合わせて。
コクリ。 頷き合う。
「決まりネ」
「そうだね」
そして二度目の大きなタメイキ。
「痴話喧嘩かあ・・・・」
ソファーに座ったまま、新八は宙を仰ぎ見る。
「まったく、面倒臭いネ」
面倒というより、正直なところ厄介だ。
新八も神楽も互いにまだ十代半ば、それに対して相手は揃って堂々二十代、
加えて野郎同士というあたりが如何とも何ともし難く。
おまけに問題点はこれがそこらへんの一般凡夫であるならともかく、
対象が銀時と桂であってしまう、というところが最大のところであって。
自然と出る嘆息。
「でも、珍しいよこんなの」
「エ?」
「だってさ、今までは何かあっても、いつだって大抵桂さんの方が謝って折れて擦り寄って来てたのに」
まあ大体は桂さんの鼻息が荒いのが原因なんだろうけどさ、と少年は一部目聡い。
「なのに、今回に限ってそうじゃないなんて」
期間も長すぎる。
「ヅラは今頃、禁断症状が出てそうネ」
相槌を入れる神楽に、
「それなら、まだいいんだけど・・・・」
新八は眉を顰めてみせた。
「銀さんがああいう性格なのはもう仕方ないとして、桂さんも切羽詰まるとヘンなところで意地になりそうだし。 そうなるともう意地の張り合いでどっちも後に退けなくなっちゃってさ、お互いに身動き取れなくなっちゃうんじゃないかって」
今まで桂が下手に出て、丸く収まっていた部分があるから余計に。
「・・・・困ったネ」
「困ったなあ・・・・」
「ヅラ、平気アルか」
「・・・・・・どうだろうねえ・・・・」
「普段はやたら図太いクセに、妙にナイーブだったりするアルからな」
「それは銀さんも一緒でしょ」
本人たちの知らないところで未成年二人に見透かされまくる大人二人。
至ってわかりやすい二人なのだが、
だからといって扱いやすい訳ではない。 むしろ扱いづらい。
「どっちもイイ歳こいたオトナなんだから、いい加減にどっちか折れればいいアル」
「今までは桂さんがそうしてたんだよ。 なのに今回はちょっと違ってるみたいだし、そうなるとなんとなく根深そうな気がしてさ」
「・・・・困ったアルネ」
「困るよ」
「ホモでもヅラが相手でも、銀ちゃんが元気ないと私つまんないネ」
「男色でも衆道でも、相手が桂さんでも、銀さんが暗いとこっちもしんどいし」
それに。
直接は関係なくて、それとこれとは全然違う話になっちゃうんだけど、
と新八は前置いて話し出す。
「今、地球上にいる稀少動物って、たとえばサイとかゾウとかって、元々から絶滅への道を辿ってる動物なんだって」
「???」
意図する事柄がわからず、神楽は首を傾げる。
「環境破壊とか、乱獲も勿論原因になってるんだけど、それだけじゃなくてね、もう周りがどれだけ保護しようとしても、どれだけ環境が劇的に良くなって全部の問題点が消えたとしてもね、もう数が減っていくのはどうしようもないことなんだって」
「増えない、アルカ? カンキョー良くなっても?」
「駄目なんだってさ。 細々と繁殖は出来ても栄えるのはその一代っきりで、長いスパンで見るとね、少しずつ少しずつ減ってて、もう絶対的に増えることはないって」
「どうして?」
「そういう仕組みだって。 理由も原因も、実際のところははっきりわかってないらしいけど、
ずっと昔、そういう種族として確立したときから、いずれ絶滅するように決められた動物なんだってさ」
「・・・・・・・・・・」
先に神楽が黙り込み、
「・・・・・・・・・・」
続いて新八も少し黙って、それから。
「なんとなく、似てるなって思ってさ。 銀さんも、桂さんも一代きりって感じで」
「ホモで引っ付いてるんだから当たり前っちゃ、当たり前アル。 ・・・・でも」
でも?
一拍置くおだんご頭の少女を、眼鏡の少年は見る。
「でも、銀ちゃんがいなくなったら、銀ちゃんと会えなくなったらゼツメツする前にヅラはきっと死んじゃうアルヨ」
「パッと見は、ゴキブリと白アリみたくしぶとそうなんだけどね二人とも。 生きる化石」
「ヅラのゴキ魂は銀ちゃんあってのことネ。 銀ちゃんがなかったらヅラも無いアル」
言い切る神楽に、無論新八も異論はない。
「どれだけ銀さんのことが好きなんだろうね・・・・」
新八からしてみれば半ば呆れ、半ば感心の域だ。
けれどそれを言ったら銀ちゃんだって同じネ、と神楽は鋭い。
「ヅラとは違って、ヅラがいなくなっても銀ちゃんは生きていけるかもしれないけど、ヅラがいなかったら銀ちゃんの人生、ずっとずっと退屈でツマンナクてしんどいだけの毎日になっちゃうヨ。 キッツイネ」
今現在、たかだか一ヶ月程度でこのザマだ。
「素直じゃないよね」
「スナオじゃないアル。 けど表立ってヅラにラブラブな銀ちゃんってのもキモイけど」
言い切った神楽に、「そうだよね」 と新八は笑う。
「やっぱりさ、週に一回は押しかけ桂さんをどついてないと銀さんじゃないよね」
「決まってるアル。 んでもって私の知らないトコロでヅラにいろんなとこチューチュー吸われてればイイネ。 それでこそ銀ちゃんアル」
くんずほぐれつ、グチャグチャイチャイチャしてりゃいい。 と神楽はまたも言い切る。
それなら、決まった。
「それじゃ、神楽ちゃん」
「オウ、新八」
お互いを見交わし、手許の湯呑み茶碗からとっくに冷め切ったお茶をごくごく飲み干し、互いに力強く頷き合って。
「柄じゃないけど、なんとかしよう」
「ラジャ」
「じゃあ、早速だけど作戦を立てなきゃ」
新八は妙に性急、事を急ぎ始める。
「エ? 今すぐアルか? 私、おなか減ったアル」
絶妙のタイミングで神楽の腹が鳴り出すが、しかし新八は譲らない。
「だから今からすぐ作戦会議なんだってば」
「はァ?」
なんだかわからないが嫌な予感。 神楽は眉を寄せた。
「米がもうないんだ」
「!!!!」
「米だけじゃなく、もうとにかく食べるものがないんだ。 当然、お金もゼロ」
「!!!!!!!!」
一瞬にして神楽は新八の言わんとしているところを悟る。
「ヅラが・・・・来てないから、アルか・・・・?」
桂が来ない
↓
桂が万事屋に上がり込む口実の、手土産と称する食べ物が来ない
↓
食うものが、ない
この至極簡単な三段論法、一見少しばかり大袈裟なようだが実質、
決して大袈裟過ぎはしないのだ。
銀時に貢ぎまくりのヅラ、甘物の他に米だの乾物だのはいつでもキロ単位、
時には米俵までドーンと届けてきたこともあり。
「新八。 気合い入れろヨ」
「もちろん」
「この作戦に、生きるか死ぬかがかかってるアルよ」
「わかってるさ」
「死ぬ気で仲直りさせるネ」
「ああ」
「銀ちゃんはやっぱりヅラとくっ付いてないと駄目アル。 駄目になっちゃうアル」
私たちが僕たちが。 (飢え死にで)
と危うく本音を零してしまいそうになるのを堪え、少女と少年は立ち上がる。
(たとえホモでも) 自分たちの雇い主と、その相手のために。
―――――― 米のために。
【→→→ もう一つだけ次の話へ続きます。 それで多分終わり】
ヅラ銀の出て来ないヅラ銀。 自分でも思う。 詐欺だ!